天ぐ山

神奈川県大和市


昔、田ノ吉という旅芸人の男がおり、母の病気を聞いて山を越そうとした。もう夜が近く、茶屋の人は天ぐが出るからと止めたが、田ノ吉は聞かずに山に入った。

すると、夜の山中に大男が現れ名を問うた。田ノ吉があわててとっさに「たぬき」と答えると、大男はならば人の女に化けて見せろという。田ノ吉が芝居の衣装で女に化けると、大男はすっかり照れて感心し、自分の正体も見せてやろう、と狐であることを明かした。

田ノ吉は仰天して気を失ったが、意外とやさしい大男に介抱され目を覚ました。そして、人間ならひと喰いだが、たぬきは喰わん、と笑う狐の大男の横で、田ノ吉はふるえながらキセルを口にくわえたのだった。

これに狐の大男は慌て、自分はたばこが苦手で、その煙をかぐとふらふらになるのだ、といってどこかへ行ってしまった。それで田ノ吉はどうにか山を越えることができたのだそうな。山には天ぐの使う狐が化けて出るのだ、といわれた。

『大和地名考』富沢美晴
(神奈川新聞社出版局)より要約

追記

下鶴間の南端、深見城址のある森の西に連なってあった丘の話と思われる。この話から「天ぐ山」と呼ばれたが、一名・両替山といったといい、住宅地の中に両替山公園の名が残っている。

話はご存知「たのきゅう」なのだが(主眼目の富を得るという場面がないが)、一般に各地で語られるたのきゅうで山中出る怪は大蛇が相場であり、それが狐である天狗であるとなっている珍しい事例となる。

しかし、「人間なら一喰いじゃが」というあたり、狐というよりやはり大蛇であったのかもしれない。場所は境川のほとりにあって、大蛇伝説があってもおかしくないようなところだったと思われる。