雨乞いと竜さま

原文:神奈川県秦野市


いく日も、いく日も日照りが続くと、青空の色は白み、その中にお日様がぽっかりと浮かんだように見えてくるそうだ。

こうなりますと、村人たちは空を見上げては、雨がいつ降るのか、いつ降ってくれるのかと、いろいろと心配をします。

しかし、行き着くところはただ雨の神様におすがりするより外は何もありません。でも日照りの工合によっては、雨の神様におすがりする方法がいろいろあったようです。

このお話は、上地区三廻部村に伝えられた雨乞いです。

日照りが続き作物の葉がよじれ出すと村人たちはむしろ旗を造り、村中そう出で浅間山に登り、むしろ旗をかかげ、天に向って、鐘や太こをたたき、
「大雨たった。まきたった……。」
と、大声で合唱し、雨の神様にお願いをするのです。

しかし、そう簡単に雨の神様が願いを聞いてくださるわけがありません。

そんな時は作戦の変更。

こん度はお願いするのではありません。神様をおこらせて雨を降らせる寸法です。

この村の東側に塔が岳を源にする四十八瀬川が流れています。名前が示す通り、右に左にくねり、たくさんの瀬をつくっています。大きな石、岩と岩との間をかみつくように流れては真白なしぶきをはね上げていましたそうな。

また、いくつかの滝があり、どぶ(滝つぼ)は青々とよどみ、人々を近づけようとはしませんでしたと。

そんな滝の中に「ささ滝」と呼ばれる大きな滝がありました。この滝に雨を降らせてくださる竜さまがお住いになられていたのだそうな。

作戦は完了。用意はばんたん……。

村の若者、力があれば老人までも、てっこうにわらじで身をかため、山奥の「ささ滝」めがけてそっと近づいて行くのですと。やっとの思いでどぶ(滝つぼ)に着くと、
かけ声一番
「そうれ。」「やあっー。」
どぶ(滝つぼ)の竜さまめがけて、大きな石をどんどん投げ込むのです。

そのあとが大変、竜さまの悪口、雑言のかずかず、それは聞くに絶えないものすごいものの連続。
「そうれ逃げろ。」
「うわぁ。」
との合図、村人たちは一目散、村に逃げ帰って来るのですと。

[頭から大きな石を投げこまれ、そのあげく、さんざんの悪口、おとなしい竜さまだってもう我まんはできません。おこりにおこってあばれ回り雨を降らせてしまうのだそうな。]

そんなわけで、どぶ(滝つぼ)に石をなげこんで竜さまをおこらせると、どんなに続いた日照りも必ず大雨が降ったのだそうだ。

竜さまをおこらせて、雨を降らせていただいたものの村人たちは心配で心配でいたし方ありません。気づかれないように、そうっと「ささ滝」のようすを見に行くのだそうな。

不思議にも、竜さまをおこらせるために、あれほど投げこんだ石は全部ほうり出されて、前のままの青々とした姿にもどっているのですと。

それを見とどけると村人たちは「竜さまはお気を静められたや」と、安心して帰って来たのだそうだ。

どうして石がほうり出されたのですって? それは、大雨が降って水かさがぐっと増し、とうとうとおちる滝の水で投げこまれた石がはじき出されるのですと。

さて、そんな大きな滝がいくつもありましたが、今から五十年ほど前の関東大震災でみんな消えてなくなってしまったのですと。

また、こんな話もあります。

このどぶ(滝つぼ)には、たくさんの山女が住んでいましたと。

ある時のことです。村人がその主といわれるものすごい大きな山女をとらえてしまったのだそうな。

村人は大よろこび。さっそく家に持って帰り、
「おい、みんな見ろよ。どぶの主をつかめえてきたぞ。」
と、自慢気に家のものたちに言いましたとな。そして山女をいろりばたにおき、火をおこし始めましたと。

すると寒い風がそっと背中を吹き抜けました。おや? と思いましたが別に気にも止めず「プップッー」と、火吹竹で火をおこしていました。

またしても、寒い風。ぞくぞくぞくっと身ぶるいがおこり、あわてて後ろを振りかえりました。

だれもいません。変だなあ? と思いながら前を見ると、いつの間に家に入ったか、一ぴきの大蛇がペロペロっと舌を出し、山女の背中をいたわるようになめているのですと。

村人はびっくりし、腰をぬかして、
「おおお、おれが悪かったぁ。おれが悪かったぁ。助けてけぇろー。」
と大蛇に手を合わせてあやまりましたと。大蛇はなおも背中をなめいたわるのでした。そして山女をさっとくわえると、どことなく消え去ってしまったんですと。

実は、この山女は大蛇のおくさんだったのですと。

(西地区堀川 佐野谷蔵さんより伺いました)

『丹沢山麓 秦野の民話 中巻』岩田達治
(秦野市教育委員会)より

追記