○○味噌づけ

原文:神奈川県秦野市


見しらぬ旅人でも一夜の宿をともにしますと、自然にその土地の話に花をさかせごちそうなどをしてもてなしをするものですと。あたりまえと言えばそれまでですが、人情としてとてもほほえましいものです。

ある日の夕方です。一人の六部(巡礼)が困ったようすで、
「私は道に行き暮れてしまいました。どうか一晩お宿をお願げぇしてぇのだが……。」
と、ある家の主人に一夜の宿をたのみました。

もとより心のやさしい主人は、にこにこ顔で
「どうぞ、どうぞ、つまんねぇ所だが、お気軽におとまんなせぇ。」「遠りょはいんねぇよ。」
と、六部を心よく迎えてやりましたと。

そして主人は秦野のよもやま話に花をさかせたのです。
「そうそう、晩めしに秦野での一番うんめぇもんを食わしてやんべぇ。」「だまって食ってみなよ。」「おれんとこのとっておきだから。」
と、言いおいて物置の中に入って行きました。

やがて、酒と共に用意されたものは、味噌のにおいがぷんぷんするいままで見たこともない得体の知れないつけものなのです。

おそるおそる箸をつけてみた六部は、
「うん、これは、うんめぇ、うんめぇ。」
と、思わず声を上げてしまったんだと。それほどうまかったのです。みるみるうちに全部たいらげてしまいました。

満腹になると眠けにさそわれ、うつらうつらと居眠りを始めました。舟こぎが大きくなるとよろよろとたおれ、そのままぐっすりと寝込んでしまったんですと。

ところが真夜中を過ぎた頃、のどのかわきに目を覚まし、どうしても寝つかれません。寝つかれないままに、夕食に出されたあの味が頭の中をかけ巡ってしまうのです。
「もう一度、食ってみてぇ。」
と、ひとり言をいってしまうと、急にがまんができなくなり、水を飲みにいくふりをして物置にそうっと入ってしまいましたと。

さき程の味噌のにおいがぷんぷんとしています。「うん、これだな。」と、ひとりうなづき、目張りのしてある桶のふたをとり、中を手さぐりでかきまぜました。まさしく、
「あった、あった。これだ、これだ。」
と、いいながら、むしゃむしゃ食い始めました。再びの満腹、やっと吾にかえると、
「ああ、うんまかった。これでよい。そっとふたをしておこう。」
気がつかれないようにっと。」
と、つぶやき、もとのようになおして、用意してあった寝床にもぐりこみましたと。

夜が明けました。ところが何時になっても六部が起きてきません。主人は心配になって、障子の穴からそっとのぞいて見たんだと。

「これは驚ぇた、やったぁな。」

そのこと葉も無理はありません。

六部の顔は一斗だるのように大きくふくれあがり、眼はくしゃくしゃに眼やにでとじ、
「うんうんうん。」
と、うなって苦しんでいたからです。

さて、盗んで食ったものは何でしょうか? それは黒蛇(山かがしの年の経たもの)の味噌づけなのです。ところで蛇の味噌づけは二十年以上たったものを食わないと、体がどぶくれてしまうのだそうです。六部が盗み食いしたものは、やっと三年目のものだったということですと。

へびは食いたし……桑原、桑原。

本町 遠藤藤吉さんより伺いました。

『丹沢山麓 秦野の民話 上巻』岩田達治
(秦野市教育委員会)より

追記