神武寺山王社

原文:神奈川県逗子市


新宮の臺に藥師堂、安產地藏と並んで右端にあり、木像を安置す、舊くより里民の尊信厚く特に頼朝公は社殿を改築して御輿を安置せり、祭禮には御輿は御旅と稱して六代御前の下、山王田の假屋に渡御あり、例祭正月九日、今山王田の地名存する一帶の地はもと社田たりしなり。

一月九日祭禮の行事として惡蛇退治の記念として「弓射」の神事ありしも近年止む、そは沼間郷の沼澤なりし時七頭の大蛇現はれて害毒をなし、山王社並に沼間山法勝寺十一面觀世音の功徳を以て之れを射止めたるに大蛇「我れ之れより萬民を救はん」とて其後被害なかりし爲め土民秋ヶ谷に七頭を首毎に七ヶ所に祀り、七諏訪神社と稱したり(今七社を存す祭禮八月一日)此古事を記念せん爲めに境内の一隅にある矢の竹(石を以て區切りたる中に生ず)を以て箭を作り、大蛇を射止めたる地蓮沼の武藤九右衛門の老人が代々先に弓を引き續いて一般に引かしむる神事あり。

『改訂 逗子町誌』改訂逗子町誌刊行会
(逗子市)より

追記