千ノ川のおせん

原文:神奈川県茅ヶ崎市


川の上流、一本松の北に当り、本村から矢畑に通ずる里道があって、今は小さな石橋がかかっている。

昔むかし、甲村のおせんといった少女が、乙村のある人のもとへ嫁入った。黄道吉日(良い日)を選び、新婦は盛装し多くの提灯にまもられて、わが家を出た。

親族縁者みな微酔を帯び(少し酔って)、笑いさざめく中に、新婦はうれしきや、はずかしきや、口を結びてもくもくと歩を運び行きて、川の畔りにいでし時、不意に橋上から、ざんぶとばかりとび込んでしまった。

人びとあわやと驚いて、
「おせん おせん」
と呼べど、水煙も消えて、答えるものはただやみ夜の水のせせらぎばかり。

これから、この川を千ノ川と名づけ、嫁女は忌みて、決してこの橋を渡らぬならわしとなった。(水越健『茅ヶ崎郷土史』あしかび叢書3 昭和34年)

『茅ヶ崎の伝説』
郷土史研究グループ「あしかび」
(茅ヶ崎市教育委員会)より

追記