蛇女房

神奈川県小田原市


小賀沼村の旧姓筑井氏は、虎杖の名笛というものを家宝とし、雨乞いの折には、女がその笛の由来を語る例になっていた。昔、家の先祖に笛の名手がおり、その人を大蛇が慕って、美女となって来て妻となったのだそうな。

女は一子をもうけたが、出産のとき産屋を覗かないよう戒めた。ところが、これを覗いてしまったため、女は蛇体を現し去ってしまった。そのとき、女は子のために千両箱を残したが、子が成人する前に盗られてしまった。

そこで、海辺へ行き母を呼んで、もう一度乞うたところ、千両箱は自分の片目で、今ひとつやれば私は盲になる、といった。それでも子のためなら惜しくはないという母だったが、目が見えなくなるので、手引きに釣鐘を鋳て鳴らしてくれ、といって帰ったという。(『話の世界』より)

『神奈川県昔話集 第一冊』小島瓔禮
(神奈川県教育委員会)より要約

追記

小田原の伝説として『私たちのふるさと昔ばなし』(小田原青年会議所)にも「虎杖の笛」と採録されているが、その「小賀沼村の旧姓筑井氏」というのが分からない。小田原周辺、おそらくは相模の範囲でも小賀沼村というのは聞かない。

これは以前から気にされており、『民話・昔話の考察』(湯山厚・2007)でも、古文書に通じた方もご存知ない、としている。聞き違えたか、はじめから実際の地名を隠して語られたかというところだが、これが家宝の話として語られていたという特異さからすると、惜しい限りだ。

(ちなみに『私たちのふるさと昔ばなし』には、話の舞台の地図があるが、この話は小田原市南町にポイントされている。海辺で母を呼ぶシーンとはあっているが、それ以上の根拠はあるまい)

ところで小田原には、石井研堂によって早くに記録された「これはこれは」という竜宮女房の伝説があり、この蛇女房の伝説との関係が気になる。併せ見ておかれたい。