蛇の話

神奈川県藤沢市


昔大鋸に一人の娘がいた。父や祖母によくつくし、やさしく信心深く、誰一人悪く言うもののない娘だった。ただ、当時境川にはほとんど橋がなく、向こう岸に水を汲みに行く仕事は大変で、この娘にもおっくうだった。

ある日、川のほとりで子供らが大騒ぎをしており、娘が見に行くと、一匹の蛇を取り囲んでいた。蛇は沢山の蟹に集られ苦しんでおり、かわいそうに思った娘は子供らに駄賃をやり、蛇をいじめるのをやめてもらった。川に放された蛇は礼を言うように頭を振って去った。

その晩、娘が翌朝の水汲みがいやだと思いながら横になっていると、細い声で「橋ができるよ」と聞こえる。あたりを見回しても誰もおらず、不思議と思いながら娘は寝たが、翌朝川に行くと、本当に丸木橋がかかっていた。娘が渡ると、橋が「昨日命を助けてもらった蛇だ」といった。

さらに翌朝には丈夫な木の橋になっており、御幣山の大木から向こう岸の白山神社の大木まで大きなしめ縄がかかっていた。これなら大勢の人が助かる、と娘は喜び、蛇の恩返しに礼を言った。すると、橋が揺れ、一面に藤の花が咲いたという。(『季刊 新藤沢』大川博)

『藤沢の民話(文献資料)』
(藤沢市教育文化研究所)より要約

追記

御幣山と白山宮を結ぶというのなら、該当する橋は遊行寺橋(大鋸橋)だろう。藤沢橋は関東大震災のあとに架けられた橋。しかし、遊行寺橋が蛇の橋だったなどという話がほかにあるかというと聞かない。奥に宇賀神を祀る遊行寺と関係する話ならば、非常に興味深いのだが。

原話も「これはなんだか、藤沢に昔からあった話ではないかも知れない。そう思えば、どこかに藤沢らしくない、気分がするところもある。」と書き出しており、他にもあまり引かれない話だ。類話というのも見ない。確かに表現の枝葉も、あまり昔のものらしくない風ではある。

ただ、蟹報恩と逆の筋であるとか、蛇が橋になって人を助ける事例(「天王免のクロ」など)であることなど、無視できぬところもままある。大鋸(だいぎり)は他にも影取の蛇の出たところであるとか、蛇の話の見える土地ではある。