蟹の宮

神奈川県鎌倉市


昔、材木座の漁師が浜で紫の大蟹をつかまえたが、蟹が両爪を前で組む様が手を合わせているようで、可哀想になり、また気味悪くもあり放してやった。

何年かのち、ひどい旱魃の日が続いたときのこと。漁師が畠に水を撒こうとすると、樽の底にあの紫の大蟹がいた。樽に水を入れると蟹は大きな両の爪を振り回して水をはじき、漁師の畠にだけ小雨が降ったようになった。

これが毎日続いたので、他の畑が枯れる中、漁師の畠にだけお湿りがあることになり、見事な作柄になった。それで漁師は小さい祠を作って蟹を祀り、噂が広まって雨乞いの蟹の宮と知られるようになった。

『かまくらむかしばなし』沢寿郎
(かまくら春秋社)より要約

追記

畑があったのは紅ヶ谷(弁谷)だといい、今材木座の公会堂のあるあたりだが、蟹の宮がどうなったのかは不明。この話以外に聞かないので、詳しいことは分からない。気になる点といえば「紫」だったと蟹の色が強調される点だろうか。

陸前松島周辺に紫明神とよく祀られるが、平家の色であるからといったり、村崎(境)であるといったり、その本体が蛇であることもある。直接の関係は無論ないだろうが、どこかヒントになるものがあるかもしれない。