蛇松

原文:神奈川県鎌倉市


いつごろまであったのかはっきりしませんが、松葉ヶ谷の妙法寺の裏山のてっぺんに大きな老松がありました。幹の太さが三抱えほどもあったと云いますから、ずいぶん大きな松だったわけです。この松は「蛇松」と呼ばれていましたが、その由来については次ぎのような云い伝えがあります。

むかし、ある木こりがこの松を伐り倒そうと、力いっぱい斧を根方に打ちこんでいると、なにやら気味わるい唸り声みたいな音がしはじめました。なんだろうと耳を澄ますと、その音はどうも上の方から聞えて来るようです。木こりは斧の手を休めて、ひょいと上を見上げると、頭のすぐ上に四斗樽ぐらいの太さのうわばみが、梢から垂れさがり怖ろしい目を光らせながら大きな口を開けて、木こりをにらみつけていました。

木こりは悲鳴をあげて、山を転げ落ちそのまま気を失ってしまいました。程経て村人に助けられ家に運ばれましたが、半月ほどうわごとばかり云いつづけ、人ごこちもありませんでした。やっとどうやらおさまってからも永いこと半病人みたいだったそうです。

このことを伝え聞いた人たちは、その松を「蛇松」と呼んで、誰も二度と手をつけようとはしなかったと云います。

『かまくらむかしばなし』沢寿郎
(かまくら春秋社)より

追記