高麗山のうわばみ
原文:神奈川県平塚市
むかし、大磯の高麗山に、大きな大きなへびがすんでいました。ただのへびではありません。「うわばみ」とよばれるだいじゃでした。
このうわばみは、ときどき、山からおりて、里へ遊びにでて、村の人たちを、びっくりさせました。
あるとき、漁師が、花水川へ夜づりにでかけました。いつもは、さかながたくさんつれる場所が、その夜にかぎって、一ぴきもつれません。それに、あたりには、なんとなく、なまぐさいにおいがします。
「どうも、今夜はおかしい。こういう晩は、はやくかえってねたほうがいいな。」
ひとりごとをいいながら、道具をしまってかえろうとして、ひょいと川を見ると、月あかりにてらされて、大きなまるい柱のような木がながれてくるのが見えました。
「おや、これはめっけものだ。さかながとれなかったかわりに、あいつをひろっておこう。」
漁師は、その木をひきよせようと、じゃぶじゃぶ水の中へはいっていきました。そして、目のまえで、その木をよく見ると、なんと、それは、うわばみで、金色の目をして、口から、ながいしたを、ちろちろやっていました。
「ひゃあ!」
漁師は、道具もなにもほうりだすと、もう、むがむちゅうで、家へ逃げかえり、頭からふとんをかぶり、ぶるぶるふるえ、
「もういかねえ、もういかねえ、花水川には、もういかねえぞ。」
といっていたそうです。
また、ある人が用事のかえり道、高麗山のふもとで、ひと休みしていると、すぐ横で、「ずるずるずるっ、ずるずるずるっ。」と、なにかひきずるような音がしました。
「おや? なんだろう……。」
ひょいと横を見ると、なんと、しょうゆだるほどのふとさのうわばみが、うごいていたのです。
「うわっうわわわ……!」
うわばみだといおうとしたのですが、ことばにはなりませんでした。そして、いそいで立ちあがろうとしましたが、しりがぺたりと地面にはりついたようになって、うごけません。あんまりおそろしかったので、こしがぬけてしまったのです。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ……。」
うわばみは、金色の目でにらみつけ、かまくびをもちあげると、その人にぷわーっと、なまぐさい息をふきかけました。たいがい、うわばみに息をふきかけられると、気をうしなってしまうのです。うわばみは、あいてが気をうしなうと、それをのみこんでしまうのです。この人は、こしがぬけましたが、とにかく、気はうしないませんでした。
うわばみは、しつこく、なんどもなんども、いやな息をはきかけました。けれども、その人は、なんとか、がんばりとおしました。さすがに、うわばみもくたびれたのか、あきらめて、いってしまいました。
それから、しばらくして、やっとうごけるようになったその人は、もう、むがむちゅうで、ころげるようにして、自分の家へもどりました。どこをどうやって、はしったかわかりません。ところが家へついたとたん、うわばみにはきかけられた毒気が、いっぺんにきいてきて、気をうしない、ばたんとたおれてしまいました。それから、その人は、とうとう半年もねこんでしまいました。
このうわばみが、ある日、上平塚の水車小屋にあらわれたのです。村の人たちが、おそるおそる水車小屋をのぞいてみますと、まっかな血の色をしたからだで、ぐるぐると、とぐろをまいて、しゅうしゅうと音をたてていました。
「どうしたもんだろう?」
「なんとかしないと、村のもんがみんなのみこまれてしまうぞ。」
「どうだろう。わしらのかわりに、赤めしをたべさせたら……。」
「よし、やってみよう!」
みんなはおおいそぎで、あずきやもち米をもちより、たくさん赤めしをたきました。そしてそれを、水車小屋にいるうわばみにそなえました。
「うわばみさま、どうぞ、これをめしあがって、おかえりくださいませ。」
それがわかったのでしょうか、うわばみはその赤めしをぺろりとたいらげると、花水川をわたって、高麗山へかえっていきました。
でも、どうしたことか、それからは、うわばみは、もう人のまえにはすがたを見せなくなったということです。
(上平塚)
『むかしばなし 平塚ものがたり』
山中恒(稲元屋)より