日本武尊と立石

原文:神奈川県平塚市


むかしむかしの、ずうっとむかしのお話です。

日本武尊という人が大勢の兵士をつれて、駿河国(今の静岡県)から相模国(今の神奈川県)へやって来ました。

そして大山に登り、頂上から下を見わたすと、山々につづいて平野が広がり、その先には海がかすんで見えました。

それはとても良い眺めでしたので、時間のたつのを忘れるほどでした。

そのうち、日も西の箱根山にしずみ、あたり一面が暗くなると
どうしたことでしょう。

はるか南のほうの山で、ピカリッと光るものが見えました。ふしぎなことがあるものだと思っていると、またもやピカッと光ったのです。

日本武尊は、これはなにか珍しいものがあるにちがいないと思い、さっそく山をくだり、光った場所を探すことにしました。

それからあちこち探して、たどりついた場所は吉沢という里でした。

さて、この吉沢の里の山には、何百年も生きているといわれるおろち(大蛇)がいて、たいそういばっていました。

このおろちはとても大きくて、そのうえ悪いことばかりしていたので、里の人たちにきらわれていました。

また、おろちはうぬぼれが強く、 「おれさまほど、この世の中でえらいものはあるまい」
とさけび、山の中にある立石という大きな石の上でとぐろをまき、夜昼となく、ランランと目をいからしていました。

そうです。日本武尊が大山の頂上から見た光は、このおろちの目の光だったのです。

吉沢の里に来た日本武尊は里の老人たちを集め、なにかこの里に変わったことはないかとたずねると、
「はいはい。とても恐ろしいおろちがすんでいて、それがいばりちらし、むりなことを言うので困っています」
「ふむ。それは悪いおろちがいるものだ。そいつがいる場所へつれていってくれ。こらしめてやろう」

里の老人に案内されて、おろちがいるという山へ登るとちゅう、とつぜん道の真ん中に、白いひげをはやした老人があらわれました。
「わたしは、この山に古くからすむ日の宮という神です。あるとき、悪いおろちがどこからか来て、わたしを石のほこらに押し込め、里の人たちを苦しめています。どうか助けてください。おろちが寝ているすきを見て来ましたので、起きないうちに帰らねばなりません。あとはよろしくお願いします」
これを聞いた日本武尊は、土地の神様まで困らせているおろちはとてもゆるせないと思いました。

そして、おろちがいつもとぐろをまいている立石めざして登っていくと、とても大きな悲鳴が聞こえてきました。

よく耳をすまして聞くと、どうやらさきほどの日の宮の神様の声のようでした。

急いで立石に来てみると、どうでしょう。おろちが長いからだを神様にまきつけて、ギュウギュウしめつけているではありませんか。
「やい、日の宮。よくもおれさまが寝ているすきにぬけ出して、べらべらと日本武尊にしゃべってくれたな。あいつはとても強いやつだから、こっちへ来たらどうしてくれる」
これを見た日本武尊は、剣を抜いておろちに斬りかかりました。

おろちは剣をみてびっくりしました。日本武尊がもっていた剣は、天叢雲剣といって、おろちの先祖の「八岐のおろち」が素戔鳴命に殺されたとき尾から出たという剣で、おろちたちが見ると、目がつぶれるというものでした。

あわてたおろちは、立石の下の穴にもぐりこみ、二度と出て来ませんでした。

おろちは、いまでも立石を七回半まわる人がいたら、穴から出てやるぞと思っているので、立石をまわらないようにむかしからいわれているそうです。

『むかしばなし 続・平塚ものがたり』
今泉義廣(稲元屋)より

追記