大根石

原文:神奈川県横須賀市


長沢字立野の尾根(現在の久里浜霊園内三浦大仏の北西側)に、昔から村人が恐れて近寄らなかった大根石という大きな白い岩肌を空に突き出したような所がある。南側の高さ九尺(三メートル)くらい、北側は絶壁で三間(六メートル)もあり、裾の広さも字のごとく、寝方はどのくらい大きく広がっているのかわからない。昔から、薪切りのときにもその岩の回りの木は、たたりがあるといって、切り残されたようである。言い伝えによると、昔、この山に住んでいた雄の大蛇が房州鋸山にいる美しい雌の大蛇に恋をしていたが、海を渡っていくことができず、何んとかして飛び石を置き、対岸に渡ろうとして、三つも大きな石をかかえて鋸山に向かったが、途中力つきておとしてしまい、それがのちに三つ磯と呼ぶようになったといわれている。

また一説によれば、大蛇は大根石を七巻半も巻き、下の本行寺の堰まで首を伸ばして水を呑んだり、沖の三つ磯までも首をのばして、貝や魚を捕って食べたとか、その貝が、大根石についているのを何人かの人が見たそうである。また、三浦半島が日照り続きのときには、姿を現わし雨を降らせたとか、この話を伝え聞いて村人たちは、すぐそばにある神峰三浦富士山に富士講の先達が先頭に御衣をまとい、鈴を鳴らして夏の日照りには、雨乞の祈禱を行ったりした。青大将が出ると、雨が降るなどとよく聞かされたものである。そのほか、長沢台のおばあさん二人が、榊を採りにいったら、大根石の根方から、呻き声が聞こえてきて持っていた鎌や背負びくを投げ出して、いちもくさんに転がって逃げてきたという。呻き声はともかく、寝方にある幅四〇センチくらい、長さ七〇センチくらいの板のような石があり、その石を足で踏むと、ボコン、ボコンと不気味な音がする。大根石の隣の畑を作っている長沢浜の古老も、気味の悪い音を聞いているという。

今は、この怪しげな、そして神秘的な大根石に北側から這いあがった蔦が存分に覆い繁り、苗代ぐみの花が淋しく咲いている。

『北下浦郷土誌』
(北下浦郷土誌編集委員会)より

追記