池の坪の竜神

原文:神奈川県相模原市緑区


沢井中里集落に伝わる、むかし、むかしのお話です。

池の坪というところに大きな池がありました。この古い池には竜神が棲んでいて常に水を満々と湛え、どんな日照りでも水の涸れる事はなかったとのことです。

百姓たちは、この池のお陰で毎日楽しく暮らすことができました。仕事の合間の一服は池の端に腰をおろし、話に花を咲かせることがしばしばでした。

しかし、一人静かに水面を眺めていると誰も感じる事は、不思議と同じだったとのことです。それは異様な囁きだったとか……。

さてある日の午後のことです。一人のお百姓が近所に誰もいないのを幸いと、池の水を汲む時には絶対使わない掛肥用の小便柄杓を池に突っ込んで何杯汲んだかその奇麗な水を汲みました。

すると、今まで静かだった水面が急に波立ち、轟音をたて水しぶきをあげながら怒り狂った竜神が、池の真中に現われたではありませんか、その様を見たお百姓、吃驚仰天腰を抜かしてその場にうずくまってしまったのでした。

それからどれほどの時が過ぎたのか、美しい夕焼けも消え、辺りがだんだん薄暗くなってきましたが、お百姓は家に帰ってきませんでした。

帰りが遅いので、仲間の百姓たちが心配してみんなで探しに出かけました。すると、池の端で動けなくなって困っているお百姓をみつけ、みんなで家に連れて帰りました。

その後、池の竜神は百姓の行動を戒めたのでしょう、嵐の強い日、厚い雨雲に乗って遠く甲東村は、野田尻・長嶺の池に飛んで行ってしまったとのことです。

竜神のいなくなった池は、次第に水も涸れ、見る影もなく、さびしい姿になってしまいました。

ただ、五間に七間の池の坪の地名だけが、昔の物語りの面影をわずかに忍ばせているとのことです。

(中里集落古老にきく 中村百代 記)

『むかし むかし』(藤野町広報委員会)より

追記