森戸を救った八幡様の大蛇の話

原文:神奈川県相模原市緑区


昔、むかし、ずうっと昔のお話です。森戸の中野神社のすぐ下には、深い、深い池がありました。その池の真ん中には小さな祠があり、そこには八幡さまがまつられていました。この池には、大きな大きな大蛇が住んでいると言い伝えられていました。

ある日の真夜中のことでした。風もないのに
「うおっ、うおっ」
という気味の悪い音が神社の方から聞こえて来ました。そして、時折、家のまわりを
「ざあっ、ざあっ」
という、何やら地面をすって歩くような音さえ聞こえて来るのです。そんなことが幾晩も続きました。

「夜になると聞こえて来る、あの気味の悪いうなり声は何だろう」
「どうも、何か大きなものが、地面をこすりながら歩いているようだ」

森戸中の人たちが、神社の前に集まって、みんなで知恵を出し合いながら考えました。でも、その正体はどうしてもわかりませんでした。

その時、一人のおじいさんが、
「そうだ。わかったぞ」
と手を打ちながらいいました。

「ああ、思い出したよ。あの八幡様の池のふちには、大きな大蛇が住んでいるということだ。あの大蛇はなあ、この森戸の守り神さまだということだ。きっと大蛇さまがあばれているに違いない。だげどな、あの大蛇を見た者には、何か、たたりがあるそうだ。だから決して見ちゃあなんねえぞ。夜になったら堅く家の戸じまりをして、決して外をのぞいちゃあなんねえぞ。いいか。皆のしゅう」
「でもなあ、じいさんよ。何で大蛇さまは、あばれていなさるだよ」
「それはな。大蛇さまが森戸中をあばれていなさる時には、必ず、近いうちに何か悪いことが起こるということだ。みんなで、気をつけなくちゃあなんねえぞ」

さあ、大変です。大蛇が森戸中をはい回るということは、何か、悪いことが起こる前ぶれだというのです。考えられることは、大火事か、大地震かのどちらかに違いありません。

森戸の人たちは、火の始末には十分に注意しながら、毎日を送っていました。

それから間もなく、関東大地震が起こりました。

『ごおっ』という地鳴りが聞こえて来るとともに、地面が波がうねるように大きく揺れ、家の中の家財道具が次々に倒れて行きました。津久井のあちこちで、たくさんの家や崖が崩れ、大きな被害を受けました。でも、不思議なことに、この森戸では倒れた家もほとんどなく、被害は、たいしてありませんでした。

「これも、八幡様の神様が守ってくださったに違いない。本当にありがたいことだ」

森戸の人々は、そうささやき合って、八幡様にお礼のお参りに行きました。それからというもの、森戸の人たちは、自分たちの守り神といわれている八幡様の小さなほこらを、それは、それは、大事にしたということです。

※森戸の人たちが、折にふれて八幡様のほこらや池の掃除をしたり、八幡様のお祭りをして、神様に捧げ物をしたりするようになったのも、あるいは、こうした伝説に由来するのかも知れません。

また、この八幡様では、「雨乞い」の行事も行われたということです。真夏など、雨が降らずに地面がからからに乾いてしまうと、畑の作物が枯れてしまうので、大変に困ったものでした。そんな時には、森戸の人たちは、この八幡様の池に集まって、みんなで声を合わせて、「雨、たんもれ。竜神さん」といったような歌をうたいながら、周りの木や草に水をかけたのだそうです。

(資料提供 谷合ヨシ、文 伊藤裕子)

『ふるさとの民話と伝承』
(中野地域振興協議会)より

追記