蛇の祟りの土地

原文:東京都大田区


もう何十年も前のこと、地方から出てきて、大森のあるとこに住んでた人があった。ところが、どういうわけか、そこに住むようになってから、ちょっと、その家に、お客に来たくらいで、妹が病気になって亡くなり、その次に、おじいさんがお客に来て、また、ぐあいが悪くなり、その次には、おばあさんが来て、また、ぐあい悪くなっちゃって。その後、息子が病気して、娘さんも悪くなって死んでしまった。しまいには、みんな亡くなっちゃって。

そこは、昔、米倉で、米を房州の方へ持ってくので、二つとか倉があったんだって。お米を運ばないようになって、その倉もぼろぼろになったので、壊したところ、冬だけど、蛇が、カツギショウギに二杯もいたって。それで、古い土台やら燃える物をそこで燃したんでしょう。そこへ、火の燃えているとこに、くべ込んじゃった。蛇は逃げようにも逃げられないでしょう。そうやって二杯も燃しちゃった。だから、その家でいくたりも死んだときにはね、その蛇の祟りだと話す人がいた。昔あったという土蔵は、いつ壊したものか分からないけど、さら地になっていたので、その地所を買って家を建てたわけ。「ああやって死んじゃって、あれは蛇の祟りじゃねえか。こういうことがあったんだから。長虫の祟りは恐ろしい」って、そういうふうに、うわさをする人もあったんだね。〔大森 女 明治29年生〕

『口承文芸(昔話・世間話・伝説)』
(大田区教育委員会)より

追記