洗足池へお輿入り

東京都大田区


馬込の森という旧家には、二間余りの雌らしい蛇が古くから住んでい。尾頭は切断した様な格好で、家では守護神と見なしていたが、いつしかこの蛇が洗足池の雄蛇と意気投合し、愛の結晶を易々と産んだ。これが雄で、相続者が出来たということで、雌蛇は洗足池に輿入れしたという。

ところが、この小蛇が外遊びをしていたのを、森の家の子息が殺してしまった。それで、二三日後に、就寝中の妻女の片目がなんの前徴もなく流れ出てしまった。余りの出来事に巫子に占ってもらうと、上の次第が語られたという。

また、小蛇の恨みで命を奪うところだが、生命だけは助けるので、以後神として祀れと蛇はいったという。相続者が失われたので池での同棲はできず、家に帰ると語ったそうな。その後また姿を見たという者もいて、当時は村の評判であったという。

『口承文芸(昔話・世間話・伝説)』
(大田区教育委員会)より要約

追記

洗足池というのもいろいろと伝説の多い所で、大蛇の話もいろいろにある。もっとも主は大岩魚であるとも大鰻であるともいい、大蛇が主という面が突出しているというのでもない。

そのそれぞれはまたの話として、今は多摩川の向こう川崎や横浜にも洗足池に蛇が嫁に行った、という話が語られることから、参照するために引いた。まず、横浜市緑区の十日市場の池にその話がある(「霧ヶ池のぬし」)。

また、川崎市川崎区にもそのような池があったという(「古池の怪」)。しかも、その池のあった家の名も「森」であるという奇妙な類似もある。それらの池から多摩川をものともせず蛇が渡ったというのだ。

それにしても、子蛇を殺された母蛇の祟りで「片目が流れた」というのは驚くべき話だ。明らかに、蛇女房の話で蛇の母が子に片目を与えるという点と呼応している。「片目」という話をめぐるその一端にあって、大変に重要な事例となるかもしれない。