釘付の竜

埼玉県さいたま市緑区


むかし、この神社の裏の池に、雌雄の竜がすんでいた。竜が田んぼに姿を現すとその年は必ず大洪水がおこり、農民は大変苦境にたたされた。そこで神官や名主たちが相談した結果、竜が池の外に出ないように毎年七月二十七日には、池の周囲に酒肴をそなえて供養した。

しかしこの方法はまったく効果がなかった。そんなある日、左甚五郎が日光参詣の途中、この地に泊まってこの竜の話を聞き知った。せわになったお礼のしるしにと、村人のために竜の彫刻をし、拝殿に取りつけてから頭、胴、尾の三か所を五寸釘で打ちつけ、封じ込めのまじないをした。以後、竜も出ないし、洪水の災難もなくなったといわれている。すっかり平和を取りもどした村は、再び静かな暮らしをつづけてきたのだという。

『日本の伝説18 埼玉の伝説』武田静澄・他(角川書店)より

追記

伝説の愛宕神社は、今は大門の大門神社の境内社となっており、小さなお社だが、確かにその正面には迫力のある鎌首をもたげたような竜像がある。県下にはこのような甚五郎の竜が悪さをする、封じられるという話が多いのだが、多くは精巧な竜像ありきの話であり、このように先に難儀な竜蛇がいて、後から像が彫られるという話は少数派だ。

しかし、こういった話は、伝説の構成される順序に示唆的である。多くこういった竜は釘打ちにされたり分割されたりするのだが「悪さをするからそうされる」ということが現実に起こるわけではない。これが多く語られるという事は「封じる対象として竜像が作成される」ということだ。そのような視点で類する各話を見ていくのも面白いだろう。

近いところでは、朝霞の東円寺にもそういう龍像の話があり、そちらは雨乞いの話にもなっている(「お不動さまの竜」)。