クワトリビナ

原文:群馬県藤岡市


春の三月三日、桃の節供はヒナ祭りで、おひな様の人形を飾ってお祭りします。しかし、鬼石町から奥の方は、三月ではまだ寒いので、一月遅れの四月三日にヒナ祭りをします。そのために、三月二十九日には、鬼石町の大門通りを中心にして、盛んなヒナ市が開かれます。ヒナ人形や農具・植木類、おもちゃ・菓子屋から金魚すくいまで、たくさんの露店が出て大変にぎやかになります。

家々では座敷にヒナ壇を置いてヒナ人形を飾り、緑色の草餅や紅白の餅をついて、ヒシ餅にして供えます。昔のヒナ人形は座りビナが多くて、おかっぱ髪の女の子の姿が普通でした。ほかにこわい顔の神武天皇や、かわいい金時などもいました。中には素焼きの天神様のお姿などもありました。

楽しい節供・節間(せちま)が過ぎると、ヒナ祭りが終わり、ヒナ様は大事に箱の中に蔵われます。その時に、鬼石町や三波川の辺りでは、古いヒナ様を一体だけ取り出して、桑畑に持って行く風習があります。「ヒナ様を桑つみにやる」とか、「クワトリビナを出す」とかいって、ヒナ様の人形を畑の桑の株つの上に載せて来ます。板を置いてヒナ人形と供え物を一緒に載せて来たりしました。まだ、桑の芽は出ていませんが、山の畑のあちこちの桑の木の枝に、赤い衣装のヒナ様が懸かって、桑畑を守っているような、ちょっと寂しげな姿が見られました。

もともと、ヒナ祭りは「ヒナ送り」ともいって、ヒナ人形に人のけがれを移して、海や川へ送り出す祭りだったから、この地方では桑畑へ送り出したものでしょう。群馬県内ではこの土地だけの珍しい風習でした。

『ふじおか ふるさとの伝説』関口正己
(藤岡青年会議所)より

追記