弁天の大蛇

栃木県芳賀郡芳賀町


ここの弁天様のある辺りは萱が茂って大きな蛇がいた。

越後から奉公に来た許りの人が茸狩をしていると急に大風のようにガサガサと鳴り神楽の獅子頭程もある蛇がいたのでびっくりして家へ帰って一週間も寝たそうだ。

又ある人が酒に酔って夜十時頃通ったら松の木があるので腰かけて休んだ。所がそれは蛇だった。とうとうその人は家へ来てからも口もきけず十日許りして死んだ。その蛇は不思議に祖母ヶ井の町の人には見えないそうだ。一に蛇は弁天様の乗物とされている。(芳賀郡祖母ヶ井)

『旅と伝説』(通巻68号)より

追記

祖母井(うばがい)の弁天さまといえば、その地名の由来であるという姥が池のことだろう(別名が弁天池)。日光開山の勝道上人の姥が、上人誕生の際産湯にしたという伝説の池だ。土地の鎮守である祖母井神社の下宮がもと池端にあったというが、弁天との関係は不明(下宮の御祭神は木花咲耶姫とされる)。

話そのものは弁天さんの池には大蛇がいた、という全国で枚挙にいとまなく語られるものだが、その蛇は祖母井の人には見えない、という点が面白い。時折そもそも大蛇とは姿の見えぬものと語るところがあるが(「真菰が向ってくる」)、地元の人にのみ見えないとはどういうことだろうか。