食わず女房と軒菖蒲

栃木県さくら市


昔、大そう働き者の若者がおり、美しい嫁さんを迎えた。ところがこの嫁は、ご飯を食べないのだった。それでも野良仕事をすればよく働くので、婿は心配になって嫁さんを家に残してこっそり帰り、様子を見ることにした。すると、家には大蛇がいて、鶏や天井のネズミなどを獲って呑み込んでいるのだった。

嫁は大蛇だったのだ。婿は驚き一目散に逃げたが、物音に気付いた大蛇は、醜い姿を見られたからにはこれまでと、婿を追ってきた。婿はもう走れないというところまで逃げ、そこにあった草むらに逃げ込んだ。すると、追いついた大蛇はどうしたことか草むらには入れないで、あきらめて去るのだった。

助かった婿が見ると、一面は菖蒲と蓬が生い茂っていた。大蛇は菖蒲と蓬の霊力によって草むらに入ることができなかったのだ。それから、端午の節句には、軒に菖蒲と蓬を刺し、蛇すなわち邪が入り込まないようにした。

『氏家むかしむかし』石岡光雄
(ヨークベニマル)より要約

追記

五月の節句に菖蒲湯に入ったり、軒先に菖蒲を吊るしたりすることの由来は、一方では蛇聟入りからの展開で、蛇の子をはらんでしまった娘がそれを堕ろすのに用いるから、と説明される(「軒菖蒲の由来」)。

そして、もう一方に語られる由来が、この所謂「食わず嫁・食わず女房」の昔話となる。全国どこでも語られる話だが、蜘蛛や山姥がその正体で、頭に大口のある女房が隠れて大食いをしていた、というものが多いだろうか。しかし、この「頭の大口」がそもそも蛇を暗示しているようであり、その関係が注目されるのだ。

野州ではまた茂木のほうにも、食わず女房が蛇(竜)だった、という話の採録例がある(「食わず女房」 どれも土地の伝説というより昔話だが)。これは「蛇は菖蒲が苦手」という前提と少しずれるニュアンスの語られる、興味深い話である。