大久須川の別所橋から二キロほど上流に深い淵があった。昔はたびたびの水出で田や畑が流され、村人は大変困っていた。そのころ、ひとりの修験者が淵の近くに住んでいた。また続いている大雨の時、修験者は村人の難儀を聞き、それは淵に住む主の祟りだ、祈祷しようと申し出た。
そして、淵に向かって一心に祈った後、一番大切にしていた法螺貝を淵に投げ入れた。すると雨はしばらくして止み、川水も引いていった。そして、淵の中からは法螺貝の吹く音が聞こえるようになったそうな。
村人たちはその不思議に驚いて、修験者にお礼をした。それ以来、大水のあるときは、その前触れとして、法螺貝の音が村里に響きわたり、これで水害を免れることができるようになったのだという。
各地の話を見れば、法螺貝はそもそも地中に潜んでいるものであり、これが抜け出ることで水害土砂災害などが起こるのだ、と語られる。これを法螺抜けなどという(近くでは「柳沢の法螺貝」など)。
それが、修験者が前の淵のヌシを法螺貝で押さえたので、以来その法螺貝が災害を予告するようになった、という筋になっている面白い事例。元のヌシが竜蛇なのかわからないが、そうだとしたら役割が反転している(法螺抜けは法螺貝が竜蛇と化し昇天するというイメージのほうが強い)。
伊豆半島は伊豆山の修験者がぐるぐる廻っていた土地だが、その法螺貝の印象がこういった話を語らせたのかもしれない。また、現実に災害の告知として法螺貝が吹かれた、ということの反映であるようにも思える。
実際、この手の話の多い愛知の事例には、抜けるところを捕えられた法螺貝が、災害告知に使われたという話なっているものもある(「螺側」)。