野尻湖の主

長野県上水内郡信濃町

北信最大の湖である野尻湖には、夫婦の大蛇が棲んでいて、年々十匹の子を生み続けていた。一方、黒姫山と妙高山の間の渓谷にある「地震(ない)の滝」には、夫婦の大蟹が棲んでいて、こちらも年々十匹の子を生んでいた。

春になると大蟹は子蟹を連れて野尻湖に来て、大蛇の子を喰わせるので、大蛇と大蟹の闘いとなるが、大蟹の甲羅は鉄よりも硬く、毎年大蛇の敗北であった。そこで、大蛇は子を喰わないでもらう代わりに、大蟹の家来になるという約束をした。

だから、今でも野尻湖の辺りで蛇に会ったら「蟹にいいつけるぞ」と言えば、蛇はこそこそと逃げて行くのだという。

高橋忠治『信州の民話伝説集成【北信編】』
(一草舎出版)より要約

「地震の滝」というのは地図上「苗名滝」とある関川の滝のこと。信州には蟹を魔除けとする民俗が今に残るのだが、その由来を語るものか否か、野尻湖にこのような伝説がある。

もしかしたら、上州にもこの野尻湖のような蟹と蛇のヌシ争いの話が古くあったのじゃないか、と思うのだ。そのあたりのことに併せ考えられたい。