蛇柳

長野県飯田市

柳の下へ出るのはいつも幽霊ばかりではなかった。川路村の貝鞍が池には大蛇が住んで、夜に池の畔を通ると何かの変事があるので、皆恐れて通るものもなかった。この話を一人の侍が聞いて、拙者が退治しようと真夜中に一人池の畔を訪れたという。

すると、岸の向こうに薄黒く佇むものの気配がある。近づくと若く美しい女が小手をかざして招いていた。侍は、魔性の女、これが主かと抜く手も見せずに斬り付けた。しかし、刀には何の手ごたえもなく、女の姿も消えた。

翌朝、池の畔へ来て見ると、人を斬った跡はなく、岸辺の太い柳の枝が切り落とされていた。池の主が岸の柳に姿を替え美女となり、夜な夜な通りがかりの人たちに戯れていたのだった。蛇柳というのがすなわちこれである。

岩崎清美『伊那の伝説』
(山村書院・昭8)より要約

「柳の下へ出るのはいつも幽霊ばかりではなかった」と書き出されているが、むしろ柳の下にはこうした竜女が出るのが本来だったのじゃないかという気もする。柳は「幽霊のような木だ」というより「蛇のような木だ」というものだろう。