雨の主(蛇)

神奈川県秦野市

八沢村の中ほどに、水はきれいなのだけれど何故か濁って見えるので「にごり川(沢)」と呼ばれる川があり「大天狗滝・子天狗滝・笹滝」の三つの滝がある。中でも大天狗滝が一番大きく、ヌシという一匹の大蛇が棲んでいた。

ある日照りの年、村の若者が大天狗滝近くに行くと、鼾が聞こえる。この日照りに呑気な奴めと若者は誰だか見てやろうと近づくと、鼾の主は人ではなく見たこともないような大蛇だった。若者は驚いたが、チャンスとばかりに持っていた縄で寝ている大蛇を縛り上げてしまった。

縛られた大蛇は観念したのか動こうともしなかった。しかし、若者が引いて帰ろうとすると、突然「おれはつかめえられてゆくぞ。あとのことは(雨ふらせを)頼むぞ、子天狗滝」と、空に向って叫んだ。その大蛇の叫びには切実なものがあり、若者の胸に迫った。

しばらく大蛇を見ていた若者は、「おめえにも友達があったのかあ」といって、縄を解いて大蛇を放した。この大天狗滝は昭和のはじめ頃まで、日照りが続いた際に雨乞いに使われていたという。

岩田達治・神奈川新聞
「秦野の昔ばなし」より要約

大天狗滝は現存するようだが(丹沢の伝説の滝の多くは関東大震災の際に崩落、消滅している)、もう人が行かないので行く道がないらしい。「物言う魚」という話型の伝説だが、大蛇が主役となっているのは珍しいだろう。これは他のながものの例と違って、鰻の話から蛇の話へ変ったものかもしれない。