雨の主(鰻)

原文

にごり川にある大滝=大天狗滝のどぶ(滝つぼ)の色は茶黒で深く、その水面には谷間の木々の緑が映されていました。どぶの縁の岩は大きく、また、小さくくぼみ、水はその中に入り込み、いろいろが魚がたくさんすんでいましたと。

その中に、「どぶの主」といわれる一匹の大ウナギがいましたと。

ある時のことです。このどぶの主は、村人の釣り針にかかり、とらわれの身となってしまいました。

何時間かの、ウナギと「人間の知恵」、「力の争い」はものすごかったのでしょう。さしもの主も、びくの中でぐったりと疲れ果ててしまいましたと。

さて、その主の姿は肌が白く、頭にはとがった二つの耳が立ち、目は疲れたとはいうものの、王者の貫録をみせてランランと輝いていました。

そんなこととはつゆ知らず、村人は喜んでウナギの入ったびくを肩にかけ、どぶの縁を離れようとしました。 その時です。

びくの中のウナギが「バサッ」と動き、何か歌い始めました。 その声はあたりの岩々に響き、恐ろしさと悲しさが入り交じって「こだま」となって返ってきたのです。

 

○○○ ○○○○

○○○ ○○○○

○○○○○ ○○○○

○○○○○ ○○○○

無情の風に さそわれて

おれはあの世に 行くわいな

 

村人は、その声にびっくり仰天!

「ウ、ウ、ウナギが歌を歌ったぁ。ウナギがしゃべったー」

と、あわてふためき、びくの中の様子も見ずに、どぶの中にびくごと放り出し、一目散に逃げ帰ってきたのだそうだ。

この話は、私(話者)が「子供の時、父から聞かされたことだけんど」と、前置きされ「ウナギがしゃべったことは覚えていたが、今は忘れてしまって、ただ『無情の風に……いくわいなあ』だけだなー残念ながら」と言って、話してもらったものです。(話者・西地区松原町・飯塚安一)

岩田達治・神奈川新聞
「秦野の昔ばなし」より