八尋石

千葉県鴨川市

天津の妙見山の頂には、底知れず、他の池が雨に濁ろうとも決して濁らない霊池があった。傍らには柏の大樹があり、夜な夜な光を放った。これが千光山清澄寺の名の所以である。この山へ宝亀二年に不思議法師が訪れた。

当初険しさに立ち入れなかったが、麓での加持怠りなく勤めた後、池へ登ることができたという。しかし、法師はその途端に目がくらみ倒れてしまった。そして目を覚ますと、わき立つ水煙の中に一人の老翁が現れ、言った。自分は一千年汝を待っていた。汝はこの柏樹をもって虚空蔵の尊像を刻むように、と。

老翁は自分は妙見菩薩であると告げ、消え失せた。感激した法師はすぐさま像を彫ったが、どこに安置すべきか悩み苦しんだ。すると風を呼び雲が巻き起こる中、また老翁が現れ、この池は自分の住み家だが、汝のために去ろう、と言い、八尋の蛟龍となって谷を隔てた向の山に下った。

蛟龍は石に変じ、漫々と水を湛えた池は埋もれ平地となり、そこへ青丹よき七堂伽藍が棟上された。尊像はありがたく安置された。これが千光山清澄寺の由緒であり、山門のそばには不思議法師の求めに応じて湧き出た、昼でも明星の影を映す井もある。

羽山常太郎『安房の伝説』
(京房通報社・大6)より要約

千光山清澄寺とはすなわち日蓮聖人が得度したという寺。もちろん故に往時は日蓮宗(となったのは昭和)ではなかったわけだが、今は大本山格となっている。その縁起がこういったわけで、日蓮はその当初から竜蛇の加護に結びつけられている。もっとも全体的には千葉氏と日蓮の関係から、北関東から房州へのいろいろな信仰を圧縮したような話ではあるが。

次に、星つながりでか明星である虚空蔵菩薩の尊像を彫るようにいっている。上総安房にも虚空蔵さんと鰻の話はいろいろあるが、そこに影響のある由緒であるかもしれない。

日蓮出生の地ということで、その伝説や足跡の多い安房だが、その影響が同地の竜蛇伝説にどうあるか、という見方をしていく必要もある。