見沼弁天(新)

埼玉県さいたま市緑区

下山口の馬方平吉が千住の市場からの帰りに、旅装の女に頼まれて馬に乗せた。木曽呂橋へ行きたいというので送ると、女は礼を言うなり水面に滑り出し、竹藪に姿を消した。人でないものを乗せたか、と平吉は呆然としたが、その女のことを忘れられなくなってしまった。

平吉は憑かれたように竹笛を作り始め、周りの心配も顧みず、毎夜木曽呂橋のたもとで吹くようになった。するとある夜、平吉の笛に合わせて琵琶の音が聞こえ、見沼の上にあの時の女が現れた。女は礼を言い、玉手箱を差し出した。箱にはしあわせが入っており、開けねば幸運が逃げないという。

平吉が約束し、玉手箱を開けることなく日々を送ると、本当に何一つ不自由のない暮らしの身の上になり、村の者は羨んだ。しかし、平吉は次第に空しくなり、ついには玉手箱を開けてしまった。中には一匹の白蛇がいた。その蛇は金色の鱗を一枚残し、這い出して見沼に消えたという。

しあわせを失った平吉は馬方に戻ってしまったが、かねてから平吉を心配しつづけていた名主の娘の茅野と所帯を持つことになり、平穏な暮らしを送るようになった。平吉は見沼のヘリにお社を建て、鱗の入った玉手箱を祀った。これが下山口の弁天さまの起こりである。

角川書店『日本の伝説18 埼玉の伝説』より要約

厳島神社となっているが、山口弁天は今もある。小さいお社だが、扉の中には伝説の金の鱗に見立てたと思われる法具などもある。これが、現在はよく知られている「見沼弁天」の話の筋といえるだろう。