蛍の御殿

埼玉県さいたま市見沼区

見沼の畔に小笛という笛の上手な娘がいた。ある初夏の晩、小笛が笛を吹いていると、向こうからも笛の音が聞こえる。こちらを真似るような笛の音に誘われて小笛が行くと、古井戸に落ちそうになった。笛の音はそこから聞こえており、覗き込むと無数の蛍が飛び交っているのだった。

ひときわ大きな蛍が飛びだし、それが蛍の姫であり笛を吹いていたのだと思った小笛は、そう呼びかけるとその蛍を追いかけた。夢幻のうちに辿り着いたのは竹薮の中の美しい御殿だった。みとれていると、侍女らしい人が姫が待っている、と小笛を中にいざなった。

蛍の姫は、自分たちは昔ここにあった城の者であり、戦に負けて見沼に身を投げたのだと語った。それを見沼の竜神が哀れみ、蛍に変身させて露の命を与えてくれたのだと。光り始める前のわずかな間だけ大好きな笛を吹くことを許されているのだ、とも姫は語った。

思わずもらい泣きする小笛に、蛍の姫は自分たちの供養を頼んだ。村に帰った小笛はこの話を皆に聞かせ、大和田に蛍の供養塔を立てたという。しかし、今はもうその位置もはっきりしない。

韮塚一三郎『埼玉県伝説集成・上』
(北辰図書出版)より要約

大和田は大宮氷川の北東方となるが、このような蛍の伝説が語られていたという。きれいすぎるイメージだが、蛍を魂と見るのは古い。それが「古井戸の中に飛び交っていた」という非常に印象的な筋。井中の星の話と、あちらへつながる井戸の話とを繋いでいく感がある。