伊豆中を吹き巻くる春夏秋冬のもろもろの風は、田方郡対馬村八幡野の南にある風穴(かぜあな)から出て来ると信ぜられている。此穴は風の神の住居だが、風の神は二六時中、方々を飛び廻っているので、ついぞお目にかかることがむづかしい。だから暴風雨の時だって、此穴にその鎮まるように祈ったとて甲斐がないと信ぜられている。(口碑)
「伊豆志」には、『風穴、八幡野村南にあり、穴中、時々風を吹き出し、凄然冷気人を襲う。』と見えている。風の神云々の口碑も、ここに出て来たのであろう。
伊東といっても「伊豆高原」という名のイメージが強い地域だが、このような風の神の話がある。現在八幡野の南、という周辺に風穴があるのかどうかは知らない。
おそらく溶岩洞穴の類かと思うが、大室山のほうに行くと、そのような洞穴に大蛇がおったと『吾妻鏡』にその討伐譚が記録され、また土地の小地名がその伝にちなんで語られたりもする(「穴の原の大蛇退治と舞台」)。
はたして同様の穴にすまうもの、という一点で竜蛇とつながりが出てくるものなのか否かわからないが、伊東の穴にはこういう面もある、というのは知っておく必要があるだろう。