小松原には日照りにも枯れない三つの井戸がある。そのひとつ、城(じょう・地名)の膳左衛門井戸はいまもきれいな水の湧く大事な井戸だが、昔、お膳を貸してくれたという。
井戸は、近くの人が願うと、翌朝願った数のお膳を貸してくれた。人々はありがたく借り、大切に使い、きれいに洗って返した。ところが、欲の深い人がいて、借りただけのお膳を返さなかったことがあった。それからはどんなにお願いしてもお膳を貸してくれなくなった。
椀貸しの話の、その舞台が井戸端だという事例となる。しかも、その井戸の名が「膳左衛門」とあり、これは実際にあった膳椀共有の舞台ではないかと期待される。左衛門という家がその主催者であったのじゃないか、というように。
このような、椀貸しの舞台が井戸端だという事例は決して多くはないが、信州だと佐久のほうにもそういった話はある(「起因の井戸」)。