昇竜の穴

長野県小県郡長和町

昔、蓼科山の懐部落に、岩魚釣りの得意なお爺さんがおり、その日も暗いうちに家を出て、本沢の霧が淵までやってきた。淵は大木に覆われた物凄いところだったが、淵に立ち入ろうとしたお爺さんは、急に吹き抜ける冷たい強風に吹かれ、冷え切って釘付けになってしまった。

倒れそうになりながら踏ん張って前を見ると、滝壺から大きな竜が頭をもたげ、お爺さんに向かって冷たい息を吹きかけているのだった。お爺さんはあまりの恐ろしさに、顔を手で覆って倒れてしまった。

どのくらいたったか、お爺さんが気が付き見回すと、もう竜はいなかった。そして、不思議なことに平らな岩に直径30cm深さ50cmもあるうず巻きのような穴が空いていたのだった。竜の昇天だ、とお爺さんは叫んだ。

昔から陽気の良い年は竜が天に昇るといい、その時にできる穴を「竜ずり」と呼んでいた。竜ずりの穴は湿ると雨、乾くと晴れと、天気を知らせるので、お爺さんは釣りの名人ばかりでなく、お天気博士ともされて、村人から大事にされたという。

児玉断『長門昔ばなし(第2集)』より要約

和田の南端に本沢(もとざわ)が流れ、北に流れてすぐ下手は男女倉(おめぐら)という里。そのあたりの話か。信州では、このように水を湛える滑らかな凹み・穴を持った石を、竜がその尾の剣を研いだ石ということで、龍磨り石・剣磨り石などという。