昔、蓼科山の懐部落に、岩魚釣りの得意なお爺さんがおり、その日も暗いうちに家を出て、本沢の霧が淵までやってきた。淵は大木に覆われた物凄いところだったが、淵に立ち入ろうとしたお爺さんは、急に吹き抜ける冷たい強風に吹かれ、冷え切って釘付けになってしまった。
倒れそうになりながら踏ん張って前を見ると、滝壺から大きな竜が頭をもたげ、お爺さんに向かって冷たい息を吹きかけているのだった。お爺さんはあまりの恐ろしさに、顔を手で覆って倒れてしまった。
どのくらいたったか、お爺さんが気が付き見回すと、もう竜はいなかった。そして、不思議なことに平らな岩に直径30cm深さ50cmもあるうず巻きのような穴が空いていたのだった。竜の昇天だ、とお爺さんは叫んだ。
昔から陽気の良い年は竜が天に昇るといい、その時にできる穴を「竜ずり」と呼んでいた。竜ずりの穴は湿ると雨、乾くと晴れと、天気を知らせるので、お爺さんは釣りの名人ばかりでなく、お天気博士ともされて、村人から大事にされたという。