山口の一つ火

長野県上田市

太郎山の東に山口の村があり、昔、美しい娘がいた。娘は松代の若者と相思の仲となって、毎晩毎晩、太郎山から、大峰、五里峰、鏡台山、妻女山などの険しい山々の峰を伝って松代の若者の元に通っていた。そしてその娘は、いつも温かい餅を土産に持ってくるのだった。

松代の若者がその餅を不思議に思って尋ねると、出るときに糯米を握って、山また山を来るうちに、いつとなく餅になっているのだ、と娘は答えた。真夜中の山また山を来る娘、つきたての餅を持ってくる娘、と若者のうちに不審の念が募り、ついに人知れずこの娘を殺してしまおう、と若者は思うに至った。

そしてついに若者は、刀の刃と呼ばれる難所で待ち伏せ、これを越えようとする娘を崖下に突き落としてしまった。その時、娘の身から迸った鮮血が、晩春の時分に地方の山々を真紅に彩るつつじとなって咲きでるようになったのだという。また、この時から、太郎山の中腹に山口の一つ火といわれる火がともるようになったのだそうな。

『郷土の民俗 民話』(上田市立博物館)より要約

同上田には祢津村のかよという娘が、湯の丸山を越えた先の若者に会いに行く、という話もある(東部町『ふるさとの民話』「湯の丸高原のつつじ」)。掴んだ米が行くまでに餅になる、死んだかよの血がつつじとなった、という筋は同じで、同根の話かと思う。