金刀比羅山の下り竜

山梨県笛吹市

昔、黒坂の上に姫面堂(ひめんどう)という社があった。天女のようなお姫様が住んでいるといわれたが、誰も見た者はいなかった。それでも、夜になると明かりがともり、笛の音が聞こえてきたという。

同じころ、藤垈では、金刀比羅山に大蛇が住み着いた、と評判になった。若い人たちが生け捕りにしようと山に入ったが、あまりの大きさに顔色を変えて逃げ帰ってきた。そして、金刀比羅山に入るものは一人もいなくなってしまった。

それから冬が過ぎ、春が終わるころのこと。晴れていた空が急に曇り、あたりが暗くなると、まず黒坂に雷が落ちた。姫面堂に落ちたぞ、と村人は急いで駆け付けたが、社は煙ひとつ出ず、皆は狐につままれたようになった。しかし、そこへ赤い燃えるような雲が降り、皆が初めて見る姫を抱えるように持ち上げた。

一方藤垈では、時を同じくして大蛇が山から下りてきた。この大蛇を落雷が襲い、隠れ震えて見守る村人の前で、大蛇は竜と変じて天へ駆けた。その竜は黒坂の姫面堂へ現れ、赤い雲に座った姫をその背に乗せると金刀比羅山に戻った。姫と竜が山肌に消えると、大嵐が両村を襲ったという。

それから、笛を吹く姫を背に乗せた竜が、嵐の中を金刀比羅山から下っていったという。両村の嵐の空の中を円を描くように舞った竜は、境川にそって下り、遠く消えていったそうな。

境川村 VYS「ゆ会」『境川むかし話』より要約