昔、北条氏照が裏高尾で鷹狩を催した。この時一行が小休した家には美しい娘がおり、供の武士の一人と恋仲となった。しかし、二人の幸せは長くは続かなかった。天正十八年六月、八王子城は前田上杉両軍からの総攻撃を受けることになったのだ。
娘はじっとしていることができず、矢弾も武具も恐れず、一人城を目指して馳せ上った。小高い所から見た城はすでに猛火に包まれ、戦はすでに落城に向かっていた。娘は決心すると渓流に身を投げ、この魂はのちに鰻になったという。
今でも心霊スポットとして噂されるほど激烈な落城を遂げた八王子城。その城址には色々な伝説が付きまとうが、中にこうした鰻と化した娘の話がある。
しかし、このような話はその「鰻」が特異な風体を持つこと、その由来を語るものなのだが(片目であるとか、唇が紅であるとか)、裏高尾の話にはその部分がない。おそらく欠落してしまったのだろう。東海によく見る紅唇の鰻の話などと比べて見られたい(「紅鰻とタキザワバンバー」)。
一方、そこが欠落してなお語られる意義があった、という見方をしても面白い。無念の亡魂は蛇や鰻の形をよくとるが、これは魂のイメージ(尾を引くあれ)が蛇の形じゃないか、という話となる。