小糸川が旧秋元村(いまの清和)の植畑にくると水かさも増え、山峡を縫う谷川となるが、昔このあたりに滝があって、大滝と呼ばれていた。その淵は底なしだと恐れられていたが、いつの頃からか、淵の底から機織りの音がするといううわさが広まった。
淵の上の百姓家のあるじが、このうわさを聞いて、音の主を見極めたいと思った。そこで音がするという夕暮れに淵に行くと、確かに機を織る音が聞こえる。あるじはその主を確かめたいとはやったが、祟りを恐れる家人に止められて、夜を待つことにした。
家人が寝静まってから、あるじは家を抜け淵に来、崖の上から淵をのぞきこんだ。すると驚いたことに淵は真昼のように明るく、水の中では輝くばかりの美しい女が一人、白地の布を織り続けているのだった。思わずあるじは声をあげ、その声に顔を向けた女の水晶のように澄んだ眼にとらえられた。
夜が明け、探しにきた家人は、淵をのぞきこんだまま気を失っているあるじを見つけた。気を取り戻したあるじは一部始終を皆話したが、それから抜け殻のようになり、やせ衰えて死んでしまったそうな。そして、あるじが世を去るのと時を同じく、機を織る音も聞こえなくなった。今はもうその滝もない。
小糸川の話。場所は文中ある通りだが、もう滝はない。今も蛇行する山中の渓谷ではあるが、そう険しい風でもなくなっている。そこに、このような機織り淵があったのだという。
典型的な機織り淵・手斧淵の話と比べると、淵に入ったものを竜宮で歓待する(その間三日と思っていたのが三年であった、など)というモチーフはなく、もっぱらに人をとり殺す恐ろしい場所という感じであたようだ。これは、お隣の小櫃川のほうでも同じように語る(「産女の淵」)。
そうであれば、乙姫さまの機織り淵というよりは女郎蜘蛛の機織り淵という風であり、あるいはそういう傾向が強い土地だったのか、という気もするが、現状同地の蜘蛛の淵の話の有無などは不明。