山繭の着物

群馬県伊勢崎市

山繭(やまんめえ)を織って品物にして、人間が身にまとって船に乗っていくとすると、ある所まで来ると船が動かなくなると。船が動かなくなれぁ困るだんべ。さもなくて、ずうずうしく船で渡ってくと、船ぇひっくりけぇされちゃうと。なぜかっつうと、山繭の着物着た者が、海に船ん乗ってると、水の中の魔物が船を押さえちゃって、船が動かなくなるって。船を航海している人は経験があるから、乗客の中に山繭の糸で織った着物着た人がいるから、船動かなくなったんだから、「この中に山繭の糸で作った物を身にまとっている人があったら、山繭の着物を捨ててもらいてぇ。脱いで。その山繭いつまでも着てるっつうと、その船ひっくりけぇされちまうんだ。それじゃあまなぁ(間に合わ)ねぇから、船乗りはさ、たずねて、たいぜぇ乗っている中で、山繭の糸で作ったのを脱いで、うっちゃっちめぁば船が動くって。(束田徳次郎)

伊勢崎市史民俗調査報告書第四集
『上之宮町の民俗』(伊勢崎市)より

上州各地にこのように「やまんめえ(山繭)」の着物を着て船に乗り海に出るとワニ(鮫)に魅入られ、船が動かなくなる、という話がある。『群馬歴史民俗 第一五号』(群馬歴史民俗研究会)の板橋春夫「山繭と鮫の魅入り伝承」に詳しい。

この伊勢崎の束田氏の話も、「山繭と鮫の魅入り伝承」の劈頭に紹介されるのだが、少し結末が違う(板橋のほうは最後にそのじいさんが皆に海に放り込まれてしまう)。どちらでもよいが、語り口のまま載っている民俗調査報告書のほうを引いた。

山繭というのはヤママユガの作る繭で、養蚕の家蚕に対し、野蚕(やさん)と呼ばれる。希少価値は高く、すぐれた山繭からとれたものは天蚕(てんさん)などともいう。強度が強く、光沢も強い(これにより、釣り糸に使うとその光の反射に魚が寄ってくるなど言われるそうな)。

現状まだ見通しがつくものではないが、ひとつ思うのは、山繭の衣というのは、つまり山姫の衣なのじゃないか、ということだ。山繭の衣を着てしまうと、その人は(おそらく蛇である)山姫に間違われてしまう。そういう感覚が潜んでいる気がする。まったくの勘だが。