利根の竜神

茨城県潮来市

今から千年余り昔、東国を旱魃が襲い、水の豊かな水郷でも、井戸はもとより利根川や霞ケ浦の水も枯れ果てる始末となった。常陸では都(石岡)に名僧を数百人も集めて雨乞いを行ったが、雨は一向に降らなかった。

そのころ、板来に卜竜というみすぼらしい坊さんがいた。家々を回って食べ物を乞うたが、邪険にされるばかりで、いつも親切な甚兵衛のところで食べ物を貰っていた。ところが、その甚兵衛の家でも旱魃で食料が尽き、甚兵衛はこれが最後の飯だ、と一椀のご飯を卜竜にさし出した。

黙って食べ終えた卜竜は、突然不思議な話をしだした。自分は利根川の竜神であり、これにて昇天するが、自分が祈れば雨は降る。そのためのやぐらを組んでくれ、と。甚兵衛はこの旱魃は天災と諦めていたのだが、卜竜の姿に尊いものを感じ、村長以下を説得して、やぐらを組んでもらった。

はたして、やぐらの上では卜竜が威風堂々とした祈りを唱えた。川を穢し、水を汚した人々への天罰なれども、これ以上は見るに偲びない、水郷に雨を降らせ給え、と吼えるがごとく祈る卜竜の姿に、馬鹿にしていた人々も目を見張った。

そして、卜竜の声が残る間に、西空から黒雲が押し寄せ、大粒の雨が降り出したのだった。卜竜は、利根川や霞ケ浦の水を穢すなかれといい、甚兵衛にさらばと告げると、光り輝きその姿を消した。伏し拝み、また仰ぎ見る人々は、竜が天に昇るのを見たという。

水郷民俗研究会『潮来の昔話と伝説』より要約

この伝説にまつわる社寺祠堂などあるのかどうかは不明。そもそも名の通りの水郷であり、小さな水神社はたくさんあるとはいえ、霞ヶ浦なりの水神竜蛇神を古くから祀った「これぞ」というところがあるという感じでもないのが潮来ではある(多分苦労のほうが大きかったのだろう)。