蛇石の事

宮城県岩沼市

慈覚大師が深山宮のある地に薬師如来を勧請しようとした。しかし、宮より官女が現われこれを拒んだ。そこで慈覚大師は、十年の間貸し給え、と証文を書いて官女に渡した。官女が証文を受け取り姿を消したので、大師は薬師如来を勧請した。

十年が過ぎるとまた官女が現われた。証文を出し、約束の十年が過ぎたので本地に戻せという。大師は、証文をよく御覧あれ、といった。すると十年の十の字の上にかすかに点があり、大師は、これは千年の証文である、といった。

官女はたばかったなと怒り、われは深山権現の使いなりと大蛇と化した。そして、雲を呼んで大嵐を起こし、火煙を吐いて大師に襲いかかったが、大師は一世一代の秘文を唱え、独鈷を以てこれを防いだ。大師と大蛇の戦いは二夜三日に渡ったが、やがて嵐はおさまった。大師は大蛇の怒りを鎮めてみさかの石中にその霊気を祀り籠め、石上に不動尊を立てられた。(若宮八幡宮記録「古跡俚謡記」)

『岩沼市史』より要約

この話では、それが地主の神から寺領を獲得する筋となっている(だから縁起なのだが)。概ねこの話型は、人の暮らしが自然に食い込んでいく境界面に現れるものだが、中でもかなり熾烈な争いに描かれた事例といえるだろう(ちなみに慈覚大師円仁の時代からすでに千年の時は過ぎている)。