生命の泉

〜パルメリン・デ・オリーバ〜

門部:世界の竜蛇:スペイン:2012.04.05

場所:スペイン:騎士道物語
収録されているシリーズ:
『世界神話伝説大系28』(名著普及会):「生命の泉」
タグ:聖地を守る竜蛇/聖地の乙女たち/神話伝説から物語へ


伝説の場所
ロード:Googleマップ

さすがに「パルメリン・デ・オリーバ」と言って、あぁ、あれね、という方も少ないだろうから少し解説しておこう。

サラマンカの「貝の家」
サラマンカの「貝の家」
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この話は16世紀初頭に刊行されたスペインの所謂騎士道物語の一つである。「パルメリン・デ・オリーバ」はその主人公である英雄の名前。サラマンカで初め刊行されたらしいので、地図はそこにポイントした。ここが少し難しいところで、話の舞台はイベリア半島ではなくマケドニアなのだ。しかし、これは「ベオウルフ」のようにマケドニアの話がスペインに流れ込んで文字化した、というものではなく、(作者ははっきりしないようだが)スペインの某かがマケドニアを思い浮かべながら創作したお話なのだ、ということで伝説の地としてマケドニアをポイントするのは当たらないと判断した。

ともかく、これはスペインの騎士道物語であるわけだ。ところが、所謂ロマンス的な騎士道物語と少し違って、その内容にギリシア神話を彷彿とさせるモチーフが語られているという一話でもある。神話・伝説から文学的な物語が発生して来る様として見てもおもしろいだろう。

コンスタンチノープルの皇帝レイミシオにはグリアナという姫があった。皇帝は姫をハンガリー王子と添わせようとしたが、姫はまったく聞かない。グリアナは、既にマセドン王フロレンドンと恋中にあり、密かに一子をもうけるまでになっていたからだ。しかし、グリアナは父の怒りを恐れ、その赤子を荒野に捨てさせた。子は親切な農夫に拾われ、パルメリン・デ・オリーバと名付けられ、無事に大きく育った。
ある日、パルメリンは養父から拾われた子であることと、王子の着るような着物にくるまれていたことを聞き、騎士を目指す。ちょうど獅子に襲われた旅の商人をその獅子を射てパルメリンが助け、商人を頼って自分の父とは知らぬまま、フロレンドン王の王宮に入り騎士となった。メキメキと強くなるパルメリンだったが、そんな折、王の父、プリマレオンが重病となり、回復のためには「竜の泉」の水が必要となった。
パルメリンはかつて多くの勇者の命を奪った大きな毒蛇が守るという泉の水を持ち帰る使命に名乗りを上げた。出発したパルメリンが山の麓に至ると、幾人かの美しい乙女があらわれ、彼を引き止めた。そして、「竜の泉」に行って帰った者はいない、引き返すようにと忠告する。彼女たちはその附近に住む仙女だった。しかし、パルメリンの意志は硬く、引き返す気のない決心を告げる。仙女たちは彼の胆力に感心し、危険の際は力を貸しましょうと申し出て、姿を消した。
やがてパルメリンは泉につき、姿を現した大蛇との闘いが始まった。大蛇は火炎を噴き出し襲ってきたが、パルメリンは鞍に伏し、あるいは飛鳥のように立ち回り躱すと、毒蛇の首に飛び乗り、剣を突き立てた。大蛇はなおも人馬もろともに絞め殺そうと巻きついてきたが、その刹那毒蛇の首は断ち切られていた。
パルメリンは見事竜の泉の水を持ち帰り、老王プリマレオンは病魔を追い払うことが出来た。(後略……その後、パルメリンの名声は各地に及び、持ち込まれる数々の難題をこなし、身の上のことも明らかになり、マセドンの後継者となる)

名著普及会『世界神話伝説大系28』より要約

マセドン、というのがマケドニアのこと。また、『大系』のもとの翻訳・要約文は実は騎士を「武士」と表記しているのだが、今それではちょっとあんまりなので、「騎士」とした。

このお話が書かれた16世紀初頭のスペインといったら、前世紀末にレコンキスタが一応の完了を見せ、大航海時代の幕が開けてと、華々しい「黄金の世紀」へ一直線の時期である。もっともおかげで文化はめまぐるしく移り変わり『パルメリン〜』から一世紀後には騎士も半ば時代遅れになる。すなわちラ・マンチャの村の郷士、われらがアロンソ・キハーノが騎士を目指すのが17世紀の頭であるのだ。『ドン・キホーテ』の中にはアロンソを正気に戻そうと司祭たちが彼に影響を与えた騎士道物語の蔵書を焼き払う場面があるが、そのリストに『パルメリン・デ・オリーバ』もある。

ドン・キホーテ
ドン・キホーテ
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つまりパルメリンの物語は人気だったようなのだが、要約に見るようにきわめてギリシア神話的なモチーフによって話は構成されている。換骨奪胎したような、という感じではあるが。その出自がオイディプース的な貴種流離譚という点も興味深いが、ともかく「竜の泉」である。

私はこれは黄金の林檎を守る蛇ラードーンとヘスペリスたち(ヘスペリデス:妖精・林檎の世話をする乙女たち)の話の林檎の木が泉になっただけのように見える。ギリシアではヘスペリスが林檎を盗もうとしたので、百頭の蛇ラードーンが新たに林檎の木の「監視者」として送り込まれる。しかし、私はこれは本来「聖地を守る、あるいは聖地の神としての蛇とそれに仕えた巫女(蛇巫)たち」というものだったろうと考えている。ゴルゴーンたちもここの出身なのだ。パルメリンの仙女たちはヘスペリデスのことなんではないかと思う。

もっとも、肝心なところが『大系』の本文だとよく分からない。仙女たちは「それでその乙女はパルメリンに、自分たちの身の上と侍女たちのことをすっかり打ちあけてから」とあるのだが、その内容がない。もともとないのか、翻訳・要約する際に省略したのか。パルメリンに合力しようと言って姿を消すも、具体的に何をしたのかも書かれていない。大本の話にはその当りは語られているのだろうか。ともかく日本ではほとんど『パルメリン・デ・オリーバ』は関心を持たれていないようなので、現状このあたりよく分からない。

大まかには先に述べたような、太古の聖地を守る蛇と蛇巫の乙女たちの話から流れ流れてそのモチーフは16世紀になっても(形を変えながらも)語られたのだという線で捉えている。それは神話・伝説から文学的な物語への変遷を示す一つの例でもあるだろう。

パルメリンの物語は土地のはじまりを語るわけでも、一族の祖を語るわけでもない(祖先はギリシアから来たのだというサラマンカあたりの伝説を下敷きにしている可能性はあるが)。つまり神話・伝説ではない。だからこれ以上竜蛇の伝説として深読みをしてもあまり意味はないだろう。しかし、そこには有史以前からの地中海の「話の型」がまぎれもなく流れ込んでいることが見てとれはするのだ。騎士道物語の枠ではアーサー王伝説が一方でドルイドたちの伝えた神話・伝説を引いて展開したことがよく知られる。ここではその一方で、イベリア半島には古代ギリシアの竜蛇と巫女と英雄の話の型を継いだ騎士の話があった、ということを覚えておきたい。

『パルメリン・デ・オリーバ』
『パルメリン・デ・オリーバ』
リファレンス:スペイン書房画像使用

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生命の泉〜パルメリン・デ・オリーバ〜 2012.04.05

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