『発心集』

索部:古記抜抄:2013.03.13

母、女を妬み、手の指虵に成る事

五巻 三 母、女を妬み、手の指虵に成る事

ある所に娘を連れて、若い男と再婚した妻がいた。この妻が暇を乞い、後は家の奧で念仏などしてのんびり暮らしたいといった。さらに夫に、外の人とは再婚せず、自分の娘と夫婦となるようにと言い出した。夫も娘もありえない事だと驚いたが、繰り返し説得され、やがて夫婦になった。母の願った通りの生活となったが、ある時妻(娘)が母の様子をおかしく思い、何かあったのかと問うと、母は、結局自分の独り身がつらく、夫婦の生活を妬ましく思う気持ちが消えないのだと吐露し、その浅ましさのため、ついにはこうなってしまったと両手を見せた。母の両手の親指は虵(くちなは)と化しており、驚いた事に舌をひらひらと出して見せるのであった。娘はこれを見ると言葉もなく髪を下ろして尼となり、またこれを知った夫も法師となった。母も尼となり三人とも仏道修行して過ごし、ようやくもとの指に戻ったのだという。

『発心集』より要約

これが『沙石集』で言及されていた話である。蓋し「指が蛇と化す」という極めて独創的な話だ。ちょっとこういった例は古今東西に見えない。たまたま長明が何らかの実例を見聞したか、自身で発案したイメージであると思う。
また、この母の後日談として、上の話の後、京に上って乞食をしていたとの一文があり(そこで聞いた本当の、近年の話なのだ、という謂)、これはそのようなある種の見世物芸があり、その口上だったのではないか、という見解もある。なるほどという感じだ。
いずれにしても大枠としての竜蛇信仰の流れとはあまり関係ない話だとは思うが、現代に至ってもリメイクされる有名で印象深い一話ではあるので知らんで良いということはないだろう。

古記抜抄『発心集』

古記抜抄
「古記抜抄」は、龍学の各記事から参照することを目的とした、日本の古典(主に説話)文学からの抜書きです。原文・書き下し文は割愛し、その話の筋を追えるように要約と簡単な解説によって構成されています。現在は以下の各書についての抜書きがあります。