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昨年(2010年)十・十二月の足上行。足上とは足柄上郡のことですな。このページではその内開成町と大井町を回ったものを。
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2010年10月13日
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本日はちょろっと西相模足柄上郡開成町の「吉田神社」へ。開成町には神社庁管轄神社が二社しかない。
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この「吉田神社」は明治期の「一村一社」の合祀令でこの名となったが、ベースとなっているのは「三島社」であり、頼朝直接勧請の伝を持つ古社である。
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ここの狛犬さんは中々すごい。ユニークというよりひたすら出来が良い感じ。神社守ってます、という気迫が伝わってくる。昭和初期のじいちゃんクラス。そういえばここから南に下った小田原との境の曽比神社の狛犬もすごかったな。土地柄?
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しかも宝暦年間造の鮮やかな朱塗りの御本殿を見学する事ができる。ていうかこれを知らなかった。もう日没ギリギリの時間に行ってしまったのが悔やまれる。ここは早々に再度参拝せねばならん。
開成町吉田神社・元三島社は伊豆三嶋の勧請にしては向きが何の関連もない。むしろ酒匂川を挟んで向こう岸に式内:寒田神社があり、セットで「渡し」の神社だったのかもしれない。位置的にはそんな所だ。
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2010年10月15日
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西相模足柄上郡開成町の「酒田神社」へ。周辺の七社を合祀してできた神社だ。内に伊豆三嶋事代主命と日本武尊を含むのが要注目。ここは古代東海道が足柄峠を越える直前の土地。
実は酒田神社は一昨日なぜか来ている(笑)のはともかく、それ以前にも一度参拝している。松田から足柄峠のルートを歩いてみた事があったのだ。が、この神社小学校の隣りで、その時は境内で大チャリンコレースが開かれていたという(笑)。
ところで地図を見ると松田・式内:寒田神社・吉田・酒田と「○田」が分布している事が分かるだろう。一応公式には「寒田神社」もこの松田から酒匂川流域の「田」の地名の一環、という事になっている。
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酒田神社から南東の位置。大通りから微妙な社叢が見えたので行ってみてビックリ。なんじゃこりゃ。貼り紙には「日枝神社」とある。ま、ぐーぐるマップでも拡大したら出てきたが、神社庁管轄外の神社ではある。
ちょうど境内(というか公園)を掃除されてたご老人に聞いてみたところ、今でも盆踊りの時などに舞台として使われるそうな。しかしこれ舞台だったのだろうか。もとは板壁があった庚申のおこもり堂のような気もする。
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2010年12月25日
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本日はさみい中またしても午後から様モードで西相模・神奈川県足柄上郡大井町周辺へ。
天候はすこぶるヨロシで寒風とのギャップがすごい。抜けるような青空。
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小田急新松田駅からてくてく歩きまして、まずは金手というところの三嶋神社。大井町は神社庁所管の十二社のうち三社が三島社という土地だ。源家との縁が頼朝以前から深い。ここは「さんとうじんじゃ」という不思議な読まれ方をしていた。
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神社だけでなく、お寺にも「三島院」とあった。何故ここまで三島無双の土地になったのだろう。広域で見れば相模中央から足柄峠を越え西へ向う道と、相模湾へと下る道の分岐点となる土地だが。
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交通といえば「日枝神社」。相模を東西に抜ける道沿いにはこの日枝神社が要所に置かれているように思う。その内「日枝神社マッピング」もせにゃならん。
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何とも良いバランスの境内だ。こういうところは子供等も遊び易いらしく、実は撮影時は大鬼ごっこ状態だった。隙間をぬってパシャリと。
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東へ向いまして、源家縁の古刹・如意山最明寺というお寺の関係だと思われる「金比羅社」。神社庁所管でないので由来など調べるのが難しそう。場所はさりげなく結構登りますのです。
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境内から下界一望。木立で見えにくいけれど。「こんぴらさん」はこういった「土地一望」の場所に構えられることが多い。
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そこからハイキングコースみたいな道を抜けますと、第一生命大井本社ビルが聳える土地になるのだけれど、ここに縄文期の「ストーンサークル」遺構が保存されている。
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これが一単位かな。縄文の人も一生懸命日の長さとか測ったのだろう。丁度冬の影が長い時に来てみて良かった。
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お次は「山田」という土地へ抜けまして、「日月神社」。「じつげつ」だろう。近くの方と話していると発音的には「じつげっさん」であった。
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ここは実にすばらしい社地だ。写真だと伝えにくいのだけれど(上から撮らなきゃダメか)、こじんまりとしていながら藤棚あり、社殿前には橋があり(川は無いが)と箱庭的なまとまり方をしている。管理されてる方のセンスでしょうなぁ。
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山間を抜けながら(東名高速沿いになる)、「柳」という集落へ出まして「稲荷神社」。社頭にそれは立派な夫婦イチョウが聳えるのです。
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冬と言ったらこの景色ですなぁ。一年に一度はイチョウの葉の敷き詰まった境内を見ておきたいものです。夕日があたるとナオヨシ(ていうかまだ三時前なんだけどね)。
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お狐さんのお顔が修繕の関係で( ´_ゝ`)な顔に(笑)。
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もとはこちらのように結構凛々しいお顔だったと思われ。しかし稲荷に西日は似合いますな。
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更に東進しまして「金山神社」。丹沢周辺で「金山彦命」を祭神の一とするところは少なくないが、単独の「金山神社」はここだけだ(相模原まで行くとあるが)。
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鈴ではなく鰐口が。お隣に清雲寺があるが、もとは一体だったのだろう。江戸期には第六天社でもあったようだ。
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境内には天社神さんが。寛政となぁ。天明の大飢饉の後だ。こういう地鎮石の類いが大幅に増えたタイミングとかもあるんだろうな。
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そんな本日の大井行でやんした。おまけに棕櫚の木。金山神社のある高尾の集落への入口になる。村はずれ・道の辻・坂の根・橋の袂などに道祖神さんは祀られるが、同じ意味合いのところに高確率で棕櫚の木がある。やっぱなんかあるで。
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