松屋びんつけと蛇聟

福井県坂井市:旧坂井郡丸岡町

むかし、今の谷町に松屋という店があった。ある日、娘を連れて長屋橋にさしかかった時、娘の姿が川の水にうつり、この川に済む主に見込まれた。美しい若者が現われ、
「もし娘を妻にもらえるならば、一朝にして千金を得る商いを教えよう」と約束した。婚礼がすんでから若者は、
「自分は長屋橋のふちに住む大蛇である」と打ち明けた。が、今さらどうにもならず、両親は泣く泣く娘を見送った。

大蛇の教えてくれた秘法というのは、びんつけの製法であった。おかげで松屋は大金持ちになった。松屋では、娘の供養のため、長屋に地蔵と石碑を建て、また、長畝橋、丈競山、浄法寺のろく谷、磯部と森田の地境等に地蔵堂を建て、娘の命日に参拝した。また、丸岡に大火があり、松屋も火に包まれたが、二匹の大蛇が現われ、火を防いで焼失をまぬがれた。今の谷町の福井銀行の屋敷である。 (『丸岡町の伝説』)

みずうみ書房『日本伝説大系6』より原文


松屋はその後ふたたび火事に見舞われたそうだが、その時は大蛇の助けが間に合わずに燃えてしまったそうな。いろいろ派生話もあり、娘の名はお絹といったとか、松屋は蛇体になった娘にもらった開けてはならぬ玉手箱を持っていたが、開けてしまったので衰えたとか、様々に言う。

元来おそらくは「髪」というモチーフで蛇と連絡したのだろう一話だ。鬢付け油というのは、髪を結ったりするのに使ったいわば整髪料である。同丸岡には、女が髪を下にくしけずっていたら、蛇が下にくしけずられると昇天できないからやめてくれと頼んでくるという話もあり、何らかの関係がうかがわれる。

また、北陸にはこのように蛇に嫁いだ娘が何らかの商売の種を残していくというモチーフがあり、単に「長者になった」よりも一段実際の商いなどとつながり深く伝説を語る傾向がある。

愛本のちまき
富山県黒部市内:旧宇奈月町:蛇聟のもとへ嫁いだ娘がお産に帰り、姿を見られてちまきの作り方を教えて去る。