伊豆諸島の大蛇伝説(一)

東京都三宅村

箱根の湖の翁が湖のヌシの大蛇に娘をやるという約束をしてしまった。三女は鳩の姿になり、富士山頂へ逃げ、丁度来ていた事代主命に訳を話し、助けてもらうことになる。二人は大島・三宅島へと飛び、王子や家来を集めて追ってくる大蛇討伐の準備に大穴を二つ掘り、飯と酒で満たした。

そして火之迦土命(後に火戸寄明神といって祀られる)に命じて急ぎ霊剣を鍛えさせ、これを差出命に御授けになり、大蛇を待ち構えた。やってきた大蛇に先ずは大穴の飯と酒を勧め、大蛇は飲み食いして酔って鱗を立てて寝てしまった。

そこを差出命が霊剣をもって斬り殺した。大蛇の血が流れたのでそこを血走りの原という。また、大蛇は三断に斬られて、尾は大島に飛び、頭は遠く八丈島へ飛んでいった。それで八丈島には蝮が多く、大島には青大将が多い。

大蛇討伐後、事代主命が探すと三女が見えなかった。小蛇を恐れて躑躅の中に隠れていたのだ。それで神はこの島の躑躅は花を咲かせないように、蛇は棲むな、といった。今も三宅島に蛇を連れてきても一時間もせずに死んでしまうという。三女は佐伎多麻比売として祀られ、ここに霊剣もある。(藤木喜久麿「伊豆七島の伝説(一)」)

『旅と伝説』11号より要約


事代主命というのは伊豆三嶋大明神のこと。原文の話全体は長く、ほぼ『三宅記』の大蛇退治の内容を踏襲している。細かな表現まで『三宅記』に同じ所があるので、本来は『三宅記』そのものが語られていたのだと思われる。ここでは差異のあるところに焦点を当てて、他の部分は大幅に要約した。

大蛇討伐(古典)
『三宅記』部分要約:箱根の湖の大蛇が、娘を追って三宅島に渡り、三嶋大明神とその一族に討伐される。

具体的にいうと、霊剣を鍛えるというモチーフと、分断された大蛇が飛んでどの島にどの蛇が多い、というモチーフは『三宅記』にはない。霊剣を鍛えたのは「火之迦土命」となっているが(火之迦具土神か)、他の伝承ではホドリ明神と呼ばれ、ここでも後に「火戸寄明神」と祀られたとあるので、これも伊豆独自の神格だったのだろう(『三宅記』には登場しない)。この点に重心が置かれた話は以下など。

伊豆諸島の大蛇伝説(二)
東京都三宅村坪田:三宅島に大蛇の尾が飛んで来たので、驚いた神が斬り裂いた。それ以来島には蛇が棲まない。

なお、佐伎多麻比売(佐伎多麻比咩命)は、三宅島神着の御笏神社(式内:佐伎多麻比咩命神社論社)に鎮座される。差出命とは三嶋大明神の従神で劍の御子という神。式根島の差出に祀られるのでそういう。