榛名の大男

群馬県高崎市内:旧榛名町

昔、榛名に胸に雲がかかるような大男が住んでいた。いつも赤城山に腰かけて、利根川で足を洗っていた。一方、そのころ駿河の国にもひとりの大男がいて、箱根の山に腰かけてひろびろとした前の海で水を蹴っては大波を立てていた。二人は自分こそが日本一の大男で力持ちだと思っていた。

ある時、その二人がバッタリ出会って、どちらが日本一の力持ちか競うことになった。翌朝一番鷄が鳴くまでに、より高い山を作った方が勝ちということで勝負が始まった。二人は必死に土を運び、山を盛り上げていった。

やがて東の空が白んだころ、榛名の大男はこれだけ積めば自分の勝ちだと思って油断し、最後のモッコの土を脇に置いて、もう諦めろ、と駿河の大男に怒鳴りかけた。駿河の大男は、馬鹿をいうなと最後のモッコの土もさらに積み上げ、そこで一番鷄が鳴いた。

勝負は最後の一モッコ分駿河の山の方が高かった。これが富士山で、勝負に敗れた榛名の大男の山が榛名山である。榛名の大男は負けた口惜しさに大泣きしたので、山の下には榛名湖が出来たのだそうな。脇の丘は最後に置いたモッコの土だからモッコ山という。(田島武夫『日本の民話』未来社)

『榛名町誌 民俗編』より要約


榛名湖の水神はデエラボッチであるのだ、と高崎の方では語られる。もっとも今は榛名湖も高崎市内だが。

湖と入水の伝承
群馬県高崎市:榛名湖の水神が木部城の奥方が投身自殺をしたのに驚いて、知らせに来て踵をついたところを阿久津という。

それはこのように、そもそも榛名山(榛名富士)と榛名湖は大男が造ったものだという話があることによるのだろう。

お話そのものは油断大敵、勝負は下駄を履くまで分からないということをいうものだが、大枠を取って、榛名湖はデエラボッチによって出来た、という所をここでは重視したい。大泣きした涙が湖になったというのはまたユニークだが。

この「榛名湖の神は巨人」という感覚が色濃くあったのだとしたら、その後語られる入水した女の大蛇は二代目のヌシであり、大蛇昇天後あとを継いだという大鯉は三代目となり、巨人─大蛇─大鯉が連絡する湖であるということになる。多分こんなところは他にないだろう。