湖と入水の伝承

群馬県高崎市

巨人の足跡に水が溜まり、湖沼を作った伝説は多い。阿久津町では、榛名山に腰をかけたデエラボッチと呼ばれる巨人が、足をついた跡が、木部や阿久津の沼になったという。阿久津町では、阿久津の地名由来を次のように伝えている。

<水神様と阿久津>(高崎市史民俗調査報告書第四集『阿久津町の民俗』より)

木部城の奥方が投身自殺をしたので、榛名湖の神様が水神様で、驚いて木部へ告げに来たわけだ。そんで、榛名湖から一足飛びに飛んで来て、ここへかかとだね、今はかかとって言うけどね、あくつって昔は言ったらしいんだいね。で、ここへあくつを着けて、木部城へ話をしたと。だから、水神様が初めてかかとをつけたところが阿久津だて、そういうんですよ。それから阿久津というようになったと、そういうわけなんだけども。(阿久津町 男 明治四十三年生)

また、木部城落城の時に、奥方と侍女が榛名湖に投身し、奥方は龍になり、侍女は蟹になったと伝えられている。そのため、木部の人々は榛名湖に行く時には蟹を食べないのだという。

『新編高崎市史 民俗編』より原文


「阿久津」という地名の由来が巨人の踵にちなむのだという話。踵を方言で「あくつ・あくと」という。「あくつ・あくと」地名は全国に大変多いだろうが、どこまで「踵」と同じ言葉だとして捉えているのかは現状不明。ともかく、巨人伝説を追う上では常に気にかけねばならない地名の一つといえるだろう。

また(こちらがより重要だが)、これは端的にいったら、榛名湖の水神はデエラボッチなのだといっていることになる。榛名湖は木部の姫なり奥方なりが入水し蛇になったり、それ以前から色々な女が入水し蛇になるという伝説の湖で、大蛇(もしくはその後を継いだという大鯉)がヌシの湖なのだが、ここでは巨人が水神だといっている(そもそも榛名富士・榛名湖は巨人が造った、という伝説がある)。

榛名の大男
群馬県高崎市内:旧榛名町:榛名の大男が駿河の大男と山作りの勝負をする。

もともとダイダラボッチの足跡と語られるのは大概池沼であり、水との関係は深いのだが、はっきり水神が巨人だと言われる例はほとんどないだろう。この点榛名湖の話は非常に重要だ。北関東には特に水にまつわる巨人の話が目につくということもある。利根川を下っていって古河には、ダイダラボッチが利根川の水害を食い止める話がある。

ダイダラボッチ
茨城県古河市:氏神の香取さまが匙を投げた利根川の水害をダイダラボッチが防ぐ。

また、具体的に水神・竜蛇神との繋がりを語るわけではないが、飯能の方には「ダイジャボッチャ」という名で巨人の事跡を語り継いでいる所もある。

ダイジャボッチャ
埼玉県飯能市:日和田山と多峰主山は巨人・ダイジャボッチャが担いで来て置いたもの。