榛名の大男

『榛名町誌 民俗編』原文

むかし、むかし、あったとさ。

榛名に、大男がすんでいました。

どんな大男かというと、ふさ、ふさと毛の生えた胸のあたりに、いつも白い雲が浮かんでいるほどの大男でした。

いつも赤城の山に腰かけて、緑の野原のなかをゆるく流れる利根川で足をあらっていました。そのころ、駿河の国にも、ひとりの大男がすんでいました。駿河の大男は、いつも箱根の山に腰かけて、ひろびろとひろがった前の海に、ダラリと足を投げ出して水を蹴っては大波をたてていました。

二人は、どっちがどっちともいえないほど大男でしたから、歩きだすと、ズシン、ズスンと地震のような音がひびきわたり、その足あとは深くめりこんで、そこに水が溜まると、大きな池ができるほどでした。
「おれは日本一の大男だ。そして、日本一の力もちだ。」
二人は、お互いに自慢していました。

ある日のことです。二人の大男が、原っぱで、バッタリ出会いました。

「き、貴様は、だれだ!」
榛名の大男が、相手にむかって、こういうと、
「おれは駿河の大男だ。そして日本一の大男、日本一の力もちだ。そういうお前こそ何ものだ!」
と駿河の大男が、さけびました。
「そうか。おれは上州の榛名のものさ。そして日本一の大男で、力もちだ。」

ふたりの力自慢の大男は、たがいに自分こそ日本一の大男で、力もちだといいあいました。日はだんだんかたむいて、西の山に、赤々とした太陽がかたむきはじめました。いつまでいい争っていても勝負はきまりません。そこでもどかしそうに、榛名の大男がいいました。
「おれは今まで、日本一の大男で、力もちだと思っていた。だが、なるほど、おまえも、おれに負けないくらいの大男だし、力もありそうだ。ひとつ、ふたりで力くらべをやらないか。そうして、どっちが強いか、きめようではないか。」
「そいつは、おもしろい。さっそく、やってみよう。お前はからだが大きくて、うすのろみたいに見えるが、あんがい利口者だな。ではどうだい……山の作りっこは……おもしろいぞ。」
「山の作りっこ……どうするんだ?」
「明日の朝、一番鷄が鳴くまでに、お前と俺と、べつべつにひとつずつの山を作るんだ。そうして、その高さをくらべてみて、高かったほうが日本一になるのだ。」
「よし、承知した。今からはじめよう。今晩じゅうかかって、すごい山を作ってやるぞ。一番鷄が鳴くまでだな。約束を忘れるな。」
ふたりの大男は、お互いに明日の朝は、おれが日本一だと思いながら、約束して別れました。

やがて駿河の大男は、じぶんの国へ帰ると、このへんが一番いいだろうと思う場所をえらんで、ウンウンと、モッコで土を運んで、山を作りはじめました。

榛名の大男もまた、国へ帰ると、一生懸命山を作りはじめました。ふたりとも、モッコに土を山ほどいれては、ドドドドッと原っぱにぶちまけて、
「それみろ。大きな山が出来るぞ。あんな奴に負けてたまるものか。」
「なにくそ!明日の一番鷄の鳴くころには、あいつの鼻を明かしてやるぞ。」

ウンコラ、ドッコイ、ウンコラ、ドッコイと、ふたりの大男たちは、むちゅうになって働きました。やがて、日が暮れて夜になり、空には星がキラキラ輝きはじめました。もうすべての生き物がすっかり寝こんでしまった夜の空気をみだして、ふたりの大男ばかりは汗を流しながら、ドドドドと、……ウンコラ、ドッコイと、土を運んではあけているうちに、東の空がようやく白んで、朝が近づいてきました。

「それっ、夜が明けるぞ。もうひと息だ、ガンバレ、負けるものか!」
ふたりの大男は、さいごのガンバリだと、ありったけの力を出して働きました。なにしろ、大男たちが、一晩じゅう、むちゅうになって作った山ですから、すごいものです。大地から、すっかり浮きあがって、その頂上に立てば、世界中が見渡せるほどです。
榛名の大男は、自分の作っている山がずいぶん高くなったので、ふと気がゆるみ、さいごにモッコに入れた土を、そのままそばに置いて、
「おいおい、駿河の大男!もう、このへんで降参しろ!もう勝負は、こっちのものに決まったぞ。」
とはるか遠くつき立った山の頂に見える駿河の大男にむかって怒鳴りました。そのとき、駿河の大男は、ドサッと、もうひとモッコ、山のような土を、山の上にあけました。
「バカをいえ!勝ったのはこっちだぞ。そく目玉をむいて、高さをはかってみろ!」
駿河の大男は、怒鳴り返しました。
「なにくそ!」
榛名の大男が、それならばと、山のそばに置いてあるモッコに手をかけた、ちょうどその時でした。コケコッコーと、一番鷄が山のふもとで鳴きました。

やがて、夜がすっかり明けてみると、くやしいことには駿河の大男のほうが、榛名の大男の山よりも、ひとモッコほど高いのです。榛名の大男はちょっとの油断で、とうとう駿河の大男に負けてしまいました。
「ああ残念だ。くやしい!」
「アハハハハ……しかたがないさ。やっぱりおれが日本一の大男で、力もちっていうわけさ。」
駿河の大男は、カラカラ笑って、太い胸毛を気持ちよさそうに朝風にそよがせていました。

榛名の大男は、よほど口惜しかったのでしょう、ボロボロと大きな涙をこぼして、オイオイと泣きました。それが滝のように流れてひとつの湖ができました。

そのとき、駿河の大男の作った山が富士山で、榛名の大男の作った山が榛名山で、泣いた涙でできた湖は榛名湖です。それから榛名山のそばに、もうひとつ小さな山があります。それはひとモッコ山といわれて、榛名の大男が、さいごにひとモッコの土を置いてできた山だそうです。(はなし 田島武夫『日本の民話』未来社)

『榛名町誌 民俗編』より