仁池

香川県東かがわ市


仁池には大蛇がいるともいないともいい、土地の人は「大きな蛇ジャげな、嘘ジャげな」といって笑う。その水は安戸池に通じているともいい、近くには雄蛇池・雌蛇池などもある。そして、こんな伝説が語られている。

ある夜、おとくさんが仁池に来て、着物を脱ぐと水に入り泳ぎ出した。しかし、よく見るとその体は大蛇になっていた。おとくさんは西山の庄屋の屋敷で台所を任される女だったが、秘かに思いを寄せている男が夜中に出て行くおとくさんのあとをつけてきており、その姿を見てしまったのだった。

男は大声をあげて屋敷に戻り、おとくさんが大蛇になったと告げた。庄屋さんは、そんな馬鹿なといったが、それからおとくさんは帰って来なかった。部屋を改めると、床下に蛇骨がうずたかく積まれていた。台所を任されるおとくさんの料理は、蛇のだし汁がその秘訣だったのだ。

男に正体を見られたおとくさんは仁池に棲み、手狭になったあとは安戸池に移ったという。仁池の底には庄屋の藤井家が立てた鳥居と蛇神の石碑がある。いつもは水中にあるが、水が涸れると姿を現わす。鳥居の下の淵は底なしだともいう。

『引田町史 民俗』
引田町史編さん委員会
(引田町)より要約

追記

原話中では「おとくさんは蛇だったのか、蛇になったのか」と議論しているが、蛇が蛇のだし汁を取るというのも変なので、蛇からだし汁を取っている間に自ら蛇になってしまった、ということだろうか。ともかく女人蛇体の話の中でも異例の話だろう。

「魚女房」の昔話には、蛇女房と同じく、人との間に子を生し去る型がある一方、大変おいしい味噌汁を作ってくれるが、その作り方が秘密、という報恩譚もある(自分のだし汁で味噌汁を作っている)。おとくさんにはこの話の雰囲気があるだろうか。

一方、蛇の旨味・出汁が珍味を作るというのは各地で現実味を持って語られた話のようで、味の素などもそういった風説に苦しんだという(「味の素に蛇を買ってもらう」)。その側面はこの手の話では併せ覚えておいたほうが良いだろう。

ところで、仁池が現在どこにあたるのか、この一帯池沼だらけで分らないのだが(小海というあたりらしい)、話のような池底の鳥居・蛇神の石碑が実在するならば、より深い一族と竜蛇の関係にまつわる信仰があったのじゃないかとも思える。