所在を変ずる石の怪

原文:神奈川県横浜市磯子区


灸で名高い磯子区峰町、円海山護念寺の竹藪の中に、五輪の石塔の片割れが残っているが、不思議なことにはこの石常に自ら所在を変ずるという話であった。即ち、昨日まで山の峰にあったものが、何時の間にか今日は元の竹藪の茂みに来て隠れて居るというところから、普通の命名法だが霊石と呼んで居る。若しこれをうごかしたりするものなら、その人は必ず高熱を発して急死するといって恐れて誰れも手を触れようともせぬ。偶まその附近の草を苅り薙ぐ人があっても、石の周囲だけは屹度いつも残して苅るのであった。するとその翌日は必ず少しでも移動して、不潔を嫌う霊石の姿を見るというのであった。これも折々実見する人があるからその恐怖は寧ろ普遍なものであった。

ある時村の者が萱を刈るとてこの石を動かした。すると忽ち大熱往来して打ち倒れ、戸板で担がれて帰って来た。あまり遠い頃の話でもなく、而もこの昭和の大御代に、今尚石の怪が横行して居るのだから、不思議なことと言わねばならぬ。尋ねて見るならこの石の由縁には、単なる因果物語以外に、定めしかくして所在を変ぜねばならぬ訳があるのかも知れぬ。それから此の石の傍にはツト蛇と呼ばれる一疋の蛇が棲んでいるということである。ツト蛇というのは三尺ばかりの長さのくせに胴の周り一尺もある珍蛇で、横にコロコロと転じて歩くと云われた。して見るとツト蛇は槌蛇、即ち野槌と呼ぶ種類の蛇かも知れぬ。この珍蛇が又夏島の主ということで墓の主と関係でもあってか時々右の奇怪な石の傍で見受けられると、土地の人々は語るのであった。(市電聖天橋下車凡卅丁)

『横浜の伝説と口碑・上』栗原清一
(横浜郷土史研究会)より

追記