貝渕の日枝神社伝説

千葉県木更津市


昔、日本武尊がこの地の賊を平らげにやってきた。その時、尊が海岸を歩いていると、亡き弟橘姫の櫛が落ちていた。ところが、尊がその櫛を拾って姫を懐かしんでいると、突然どこからか一匹の大きな毒蛇が現れ、尊に飛びかかろうとした。

しかし、毒蛇は人に気づかれたので、すばやく近くの穴の中に入ってしまった。それを見た尊は、あたりの石を拾って穴に投げつけ、蛇にそこから出るな、この地に住むな、と言った。それから今に至るまで、貝渕には一匹の蛇もいないと伝えられている。そして、後に里人が尊のこの話から徳をしたって祀ったのが日枝神社という。

『木更津市史』木更津市史編集委員会
(木更津市)より要約

追記

『房総民俗』(通巻1号)では、この毒蛇は「太地非という蝮」と書かれている。タヂヒである。関東で蝮をそういうという方言は聞かないので、反正天皇(多遅比瑞歯別天皇)の御名代部として作られた蝮部(たじべ)・丹比部(たじひべ)に絡む話ではないかという一件なのだが、現状まだよく分からない。

市原の方には日本武尊が賊を大石で封じた(ので石神という)などという伝があるので、どうもそういうモチーフが連なっていたようでもある。単に「蝮がいない」ことを神徳とした話なのか、何らかの古代の動向を伝える話なのか、難しいところだ。

また、弟橘姫の櫛を拾ったところで蛇が登場するというのが意図された筋なのかどうかという問題もある。櫛を拾うと蛇が来る(多くは蛇聟だが)という話は多い。なにか暗示しているものがあるのか。

なお、そもそもなぜ日枝神社で蛇なのかという点も難しいが、同木更津市の吾妻(貝渕とは木更津駅をはさんで北側)には「山王沼」という大蛇のヌシがいる沼があったという(「山王沼の主」)。木更津にはそういうつながりがあるのかもしれない。