和田の池

埼玉県秩父市


安谷川は古来、大蛇の住む川として伝説が多い。これは寺沢川と安谷川が合流する地点のやや上流の、安谷川の「和田の池」という淵(渓流釣り場下)の大蛇にまつわる話である。

昔、ある大雨の日、日野の芦川と寺沢に行く道が分岐するあたりを村人が通りかかると、周辺の山がドドー、ドドーと崩れるのに出くわした。

村人はしばらく立ち止まって様子を見ていたが、やがて山の方から話し声が聞えてきた。
「おーい、今日は怪我人がでたから山仕事はやめとこう」
その途端、音をたてて崩れていたものがピタリと止まってしまった。

村人は不思議な出来事だと思いつつ家に帰ったが、近所では大騒ぎの最中だった。それは近所のお婆さんが額に大怪我をしたとのことだった。

村人は、山の方からの話し声とお婆さんの怪我について、ふと思い当たることがあった。大蛇は「蛇崩え(じゃぐえ)」といって、大雨の日に山を崩すことと、必ず女衆を手伝いに連れ出すということだった。この「和田の池」「蛇崩えの山」は現存し、淵の上にも大蛇を祀ったと思われる水神様がある。

『秩父の伝説』(秩父市教育委員会)より

追記

山崩れを起こしていたのが大蛇であり、その大蛇の手伝いに引かれていた女衆であるお婆さんが額に大怪我をしたので、大蛇が「山仕事はやめとこう」と山崩れを止めた、という話。

「女衆を手伝いに連れ出す」というのがどういったことなのかがよくわからないが、飯能のほうの昔話にも、その地の竜が娘や老婆に働きかけて崩壊を起こす話があり(「竜の山引き」)、共通する感覚があるように思う。

ともあれ、この地でも大雨の山崩れは大蛇の起こす「蛇崩え(じゃぐえ)」であるという「蛇ぬけ」に近いイメージがあったわけだが、その山崩れが「途中で止まったこと」が主たるモチーフとなっている点にも要注目だ。「その途端、音をたてて崩れていたものがピタリと止まってしま」うという条件が何かあるのだ、ということをこの話はいっている。